起業「後」に起業家が求められる「能力」とはどのようなものなのでしょうか。今回は業歴のある企業と創業間もない企業の違いに着目して、その能力について考えていきます。皆さんもご一緒に考えてみてください。[編集部]
前回は、起業家になる「前」に求められる能力をテーマにしました。今回は起業家になった「後」に必要な能力について考えましょう。起業家といっても企業を経営するのだから、要は経営者に必要な能力と同じでしょうと思われる人も多いかもしれません。確かに、そのとおりですし、重なり合う部分も少なくありません。しかし、①(他の選択肢があるにもかかわらず)あえて起業した人が、②生まれたばかりの企業を経営するのと、業歴があって取引先や仕入れ先、そして金融機関などに対して信用が確立された企業を経営するのでは、やはり勝手が違います。今回は、創業間もない企業の特徴を念頭に置きながら、起業した「後」に起業家に求められる能力とはどのようなものなのかに焦点を当てます。
創業間もない企業の特徴①
規模の大小にかかわらず、また業歴が長い短いにかかわらず、製品やサービスを顧客に届けるために企業が必ず持っていなければならない機能があります。それは、①生産要素の調達(製造業であれば原材料の仕入れ、サービス業であれば人材確保など)、②生産要素から製品への転換(製造業であれば生産や製造、サービス業であれば人材教育)、③物流・マーケティング・販売(製品やサービスが消費者や最終ユーザーに届くまでの一連の活動)の3つです。もちろん、業種や業態によって異なった分類方法があると思いますが、ここでは大きく3つに分け、一連の機能を総称して供給システムと呼ぶことにします。
この供給システムを、業歴のある企業と創業間もない企業で比較すると、業歴のある企業は機能同士のバランスが取れている一方で、創業間もない企業は機能同士のバランスが取れていないという違いがあります(図表1)。安定した職を投げ打って独立するのですから、起業家のほとんどは得意分野を持っています。
ですから、強いところは強い。
しかしながら、すべてに強いわけではなく、図表1-②の例では、製造するところまでは強いけれど、それ以降の物流、マーケティング、販売になると弱くなっています。
つまり、弱いところは弱い。
そして、供給システムの総合力は、強いところで決まるのではなく、弱いところで決まります。隘路(ボトルネック)があると強いところが生かせないので、起業家はこのような弱点を克服するために多くのエネルギーを費やすことになり、解決できるまでは不安定な経営が続きます。
企業自体は創業間もないベンチャーではありませんが、日清食品のカップヌードルも、容器に入れたまま熱湯3分で麵全体が柔らかくようにするための工夫、具として最適な海老を見つけるための苦労などを経て、やっと製品として完成した後も、なかなか売れませんでした。プロ野球の球場で観客に販売しようとして失敗した経験などを経て、病院や工事現場の人たちの夜食需要を発見してからやっと販売活動が軌道に乗りました。
創業間もない企業の特徴②
強いところは強いけれど、弱いところは弱いということの他、もう一つの特徴とは、実現しようとする事業機会の大きさに比べて、現在持ち合わせている経営資源が少ないことです。連載の第3回でも紹介したティモンズモデルを再掲しますのでご覧ください(図表2)。
供給システムにおける特徴と重なる部分もありますが、ティモンズモデルは、事業機会の可能性の大きさと起業家が現在所有している経営資源の大きさとの関係を表したものです。人材や資金が潤沢にありながら、適当な事業機会が見つからないために、リストラを行ったり遊休資産を売却したりして、事業機会と経営資源のバランスを取るために経営資源の大きさを削ったりする経営不振の大企業とは正反対です。
ここでも、起業家は本来の事業経営とは異なる資金調達や信用の獲得に時間を取られたり、それらの不足によって精神的に追い込まれたりします。もちろん、業歴のある企業でも資金繰りに困ったりしますが、それは経営不振の直接的な結果であり、何か新しいことを始めたりする時の資金不足とは違います。
他にも、スタートした直後は、赤字がどんどん膨らむ状態が続きますので、収支やキャッシュフローの悪化傾向に歯止めがかかる時期がはっきりとしない中で味わう辛さは、経験した人しかわからないと言われます。
今は、従業員数5,000名近い会社に育て上げた方の話です。出版された本の中でも書かれていたことですが、創業間もない頃、奥さんが長女の出産費用として爪に火を灯すようにして貯金していた10万円を仕事のために使ってしまい、泣きながら抗議された話が紹介されています(松井利夫『逆境こそが経営者を強くする―ウエルカム・トラブル』東洋経済新報社、2002年、120ページ)。
いずれにしても、このような創業間もない時の経営環境を念頭に置いて、起業「後」に求められる起業家の能力を考えてみましょう。
ザックの成功への道しるべ(Zach’s Star of Success)
連載の第13回では、「起業後のリスクや不確実性への対応」というタイトルで、予期しないこと、そして失敗を受け入れながら、行動するために必要な「サラス・サラスバシーの5つの行動原則」を紹介しました。起業した後に求められる起業家の能力と混同されるかもしれませんが、サラス・サラスバシーの方は、あくまでも行動原則です。今回はそのような行動を実現するために必要なもの、つまり能力が話の主人公になります。
結論を先取りして言えば、創業間もない環境下を生き延びるために必要なことは、行動力です。サラス・サラスバシーの5つの行動原則を実現に移すための行動力です。
Action/reflection trumps everything(行動/省察がすべてに勝る)
これは、アントプレナーシップ教育で全米ランキング第1位を30年近く維持しているバブソン大学の教育方針の一つですが、このバブソン大学のAndrew Zacharakis(アンドリュ・ザカラキス:以下、ザックと呼ぶ)が提唱した概念を紹介したいと思います。ザックという研究者を日本では知らない人も多いかもしれませんが、バブソン大学の看板教授の一人です。
その彼が、成功する起業家に求められる能力をコンパクトに1つの図にまとめたものが、「ザックの成功への道しるべ」(Zach’s Star of Success)になります(図表3)。この図を見る時は、どのような項目があるのかではなく、項目間のつながり方、そしてつながる順番に注目してください。
彼は、ある事業を始め、成功させるためには、何よりもKnowledge(ここでは経験知もふくめて知識と総称している)が必要であると言っています。ある意味、当然のことです。Knowledgeを蓄積し続けることができるかどうかです。
しかし、Knowledgeは簡単には身につきません。特に実践的なKnowledgeになると本を読んだりするだけ得られるものではなく、人から学ぶしかありません。What you knowではなく、Who you knowが大切になり、その人がどのようなNetwork(人的なつながり)を有しているのかが決め手になります。
ある意味、当たり前ですね。しかし、
当然だよね。わかった、わかった。
と、簡単に納得してはいけません。ネットワークはどこに行っても売っていません。自分で作るしかないものです。しかも、莫大な時間と労力を投入しないと作れません
筆者が年賀状をやり取りしている人の中に安倍内閣時代の民間人閣僚(大臣)の経験者がいますが、その方は拙著を送っても、こちらから何かを依頼して返事がNOの時も、返信はいつも自筆の葉書か手紙でした。多分、筆者以外からもたくさんの本が送られ、さまざま依頼があるのだと思いますが、(筆者に丁寧な返事をくれるくらいですから)その一つひとつに丁寧に対応しているのだろうと思います。Networkを構築して維持するには、疲れていても少しでも早く横になりたいときでも葉書や手紙の一本や二本を書けるくらいのEnergy(体力、それを支える精神力)が必要です。
多摩大学、宮城大学、事業構想大学院大学の3つの大学の初代学長を務め、孫正義氏からも師匠と崇められている野田一夫氏は、幅広い人脈を持つことでも有名です。筆者は、これほど社会的に活躍しているのだからすごいネットワークも自然に形成されたのだと思っていました。しかし、野田氏ほどの人でも人脈をつくり、それを維持するためにものすごい努力をされていました
毎週1回、ちょうど葉書1枚に収まるように近況をまとめて友人に送っているんだよ
彼が宮城大学の学長時代にお会いした時に聞いた話です。
それを多摩大学設立準備時代(1987年)から続けているというのです。お会いした時点で15年ほどが経過しており、郵送する葉書の枚数も1回あたり1,000通近くになっていたと記憶しています。それはやがてWEBサイト(http://nodakazuo.com/index.html)に引き継がれますが、2014年12月26日までは週1回のペースは守られています。
ある人が、野田氏のはがき通信のことを知り、「週1回なら私でもできそう。やってもいいですか」と言ったそうです。
どうぞ、どうぞ。でも大変だよ(野田氏)
結果は、「甘くみていました。数か月で終わりました」です。
このようなEnergyの後に、Commitment(最後までやり遂げる気持ち・決心)が続き、最後がPassion(情熱)になります。逆から見ると、PassionがCommitmentを誘発し、CommitmentがEnergyの源になる。そしてEnergyがあるからNetworkを構築し、維持することができ、そのNetworkが起業を成功に導くKnowledgeをもたらすということです。
とてもわかりやすく、ある意味、平凡といえば平凡です。結論の意味は、①Knowledgeが必要であること、②そのためにはPassionを傾けられる事業であることの2点ですが、重要なことは普通の「Passion」ではなく、Commitment、Energy、Network、KnowledgeにつながるようなPassionであることです。行動力という視点から見ると、やはりCommitmentとEnergyが鍵になります。この2つがPassionとNetwork、Knowledgeをつなげるものと言えます。
南場智子氏がDeNAを立ち上げ、翌日にシステムのデモンストレーションを行う予定であったところ、コードが1行も書かれていなかったという信じられないことが起きたことは有名な話ですが、そこで、寝袋ならぬ銀紙にくるまって事務所で寝泊まりして、最終的に約束を果たしたのはまさにCommitmentであり、そのような危機に直面した時の行動がその後にNetworkにつながっていきます(南場智子『不格好経営―チームDeNAの挑戦』 日本経済新聞出版、2013年、30-39ページ)。
今は、LIXILの社長を務めている瀬戸欣哉氏が住友商事時代にMonotaROを立ち上げた時、サーバーを設置する場所に困り、普通の事務所を借りると夜間に電気を止められるので、普通のマンションにありったけのクーラーを設置してサーバー室として使用したのも、「なりふり構っていられない」心境になって行動した結果と言えます。
このような行動力が、供給システムが不完全であったり、事業機会に比べて経営資源が圧倒的に少なかったりする創業期には必要であり、それがどのように生まれるのか、そしてその行動力がいかにしてNetworkやKnowledgeにつながっていくことを示しているものが、「ザックの成功への道しるべ」(Zach’s Star of Success)です。
起業家に求められる10の特性(Bygrave’s 10Ds of Entrepreneurship)
最後に、同じくバブソン大学の看板教授であったWilliam D. Bygrave(以下、バイグレイブ)が示した「起業家に求められる10の特性」(Bygrave’s 10Ds of Entrepreneurship)を紹介します(図表4)。
これも、バブソン大学ではよく知られたものですが、10の特性の中で、行動に関することが、Doer(実行力があること)、Dedication(献身的であること)、Detail(細部にまで気が回ること)、Distribution(成果の分配ができること)と、全体の4割を占めていることに着目してください。
このように、創業間もない企業は、起業家が先頭を切って進まないと何も起こりませんし、KnowledgeやNetworkの獲得も行動することで初めて得ることができます。「ザックの成功への道しるべ」(Zach’s Star of Success)におけるPassionも、「起業家に求められる10の特性」(Bygrave’s 10Ds of Entrepreneurship)におけるDreamやDevotionもそれだけでは価値はなく、いずれも行動につながるからこそ、起業家の能力としての価値が生まれます。
行動力が求められる理由
業歴のある企業経営者にも、もちろん行動力が必要です。しかし、今回、創業間もない企業経営者、すなわち起業「後」の経営者に求められる能力として行動力に焦点を当てた理由を整理すると次のようになります。
第1には、そもそもメンバーがそもそも少ないので、起業家のほかに、動いていてくれる人がほとんどいないからです。楽天グループの創業者である三木谷浩史氏も、1999年に筆者も参加した20~30人くらいの勉強会にも講師として登場され、「売れ筋商品の一番、○○農家の生みたて卵」と熱弁をふるっていました。
第2には、起業家自身の信用力イコール企業の信用力だからです。企業としての実績がないのですから当然です。起業家自身が前面に出ないと誰も信じてくれません。
第3には、行動しないと学べないからです。つまり、サラス・サラスバシーの5つの行動原則は、文字どおり行動することが大前提になっています。小さな実験を繰り返す、小さな失敗から学ぶことによって、NetworkやKnowledgeを得ることができます。起業した「後」、生き残れるのか、発展できるのかは起業家の学習曲線がどのようなカーブを描くのかに依存していますが、その学習曲線を作り出すのが起業家の行動になります。
第4には、業歴が長くなり、規模が大きくなるにつれ、経営者は行動することに加えて、各担当部門から報告を受け、適切な指示を与えることなどの仕事が増えるからです。創業間もない企業と比べると、行動力が占める相対的重要度はやはり低下します
起業家には、Passionが必要である、Dreamがないと駄目だなどよく言われます。しかしながら、どのようなPassionやDreamであっても、行動につながらなければ価値はありません。業歴のある企業の経営者にも行動力は必要ですが、その重要度は創業間もない企業の方が飛びぬけて高く、そのために、行動につながるような強いPassionやDreamなどが求められるのです。
》》》バックナンバー
①日本は起業が難しい国なのか
②起業活動のスペクトラム
③「プロセス」に焦点を当てる
④良いものは普及するか
⑤Learning by doing
⑥連続起業家
⑦学生起業家
⑧社会起業家
⑨主婦からの起業
⑩ビジネスの世界だけではない
⑪不思議の国の企業活動:「日本」
⑫なぜ第一歩を踏み出せないのか
⑬起業後のリスクや不確実性への対応
⑭起業家になるための能力・起業家に求められる能力(1)
⑮起業家になるための能力・起業家に求められる能力(2)