古谷利裕

古谷利裕

ふるや・としひろ  画家、評論家。1967年、神奈川県生まれ。1993年、東京造形大学卒業。著書に『世界へと滲み出す脳』(青土社)、『人はある日とつぜん小説家になる』(青土社)、共著に『映画空間400選』(INAX出版)、『吉本隆明論集』(アーツアンドクラフツ)がある。

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虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第17回 フィクションのなかの現実/『マイマイ新子と千年の魔法』『この世界の片隅に』(1)

虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 3月 22日. 2017

物語の流れにはほぼ無関係な、ほんの短い時間、画面の片隅を通過するだけの小さな船でさえ、資料にあたって調べられた、実際にその時、その場所を通った船の再現である、と。この逸話は、この作品における当時の再現へのこだわりが、史実に忠実というレベルをはるかに逸脱したものであることをよく表していると思います。しかし、『この世界の片隅に』という作品は、ドキュメンタリーでも実話でもなく、まぎれもなくフィクションです。

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虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第16回 「社会を変える」というフィクション/『逆襲のシャア』『ガンダムUC(ユニコーン)』『ガッチャマンクラウズ』(2)

虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 3月 01日. 2017

これから検討する『ガッチャマン クラウズ』は、事前には予測できなかったまったく新しい事態が生まれる瞬間をクライマックスにもつ物語だと考えます。その新しい事態が、人は変わり得る、社会は変わり得るという可能性を、少なくとも一瞬は垣間見せていると思います。そしてそれは、「ガンダム」における可能性の象徴であるサイコフレームの発光よりは具体的であり、技術的、現実的なレベルでも一定のリアリティをもつものだと思われます。

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虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第15回 「社会を変える」というフィクション/『逆襲のシャア』『ガンダムUC(ユニコーン)』『ガッチャマンクラウズ』(1)

虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 2月 08日. 2017

四十年近くの時を経た現在もなお、新シリーズがつくられ続けているガンダム・シリーズの第一作『機動戦士ガンダム』は、否応もなく巻き込まれてしまった戦争のなかで、少年少女たちが成長してゆく様が描かれる物語と言えます。しかし同時に、組織の腐敗や機能不全、そこから生まれる不正、対立、そしてそれらの増進が戦争へ至ってしまう、そのような社会しかつくり得ない旧世代に対する、そうではない別の可能性を秘めた新世代(ニュータイプ)の存在を示唆する物語でもあります。

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虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第14回 量子論的な多宇宙感覚/『涼宮ハルヒの消失』『ゼーガペイン』『シュタインズゲート』(4)

虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 1月 18日. 2017

物語は、世界のなかに何かしらの出来事が生じ、それに対して登場人物たちがどのように反応するのかという形で進むことが多いでしょう。この時、登場人物による世界への働きかけ方、能動性のあり様によって物語の進展の様々な形があるのですが、それはたんに登場人物の特質や能力によって決まるのではなく、その物語世界がどのような構造になっているのかに多くを依存します。世界の仕組みがこのようになっているからこそ、このような働きかけが有効(あるいは無効)になる、というふうに。世界観は登場人物のあり様以上に物語の性質に影響を与えます。

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虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第13回 量子論的な多宇宙感覚/『涼宮ハルヒの消失』『ゼーガペイン』『シュタインズゲート』(3)

虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 12月 28日. 2016

『ゼーガペイン』は、主人公のキョウにとって、世界の底が何度も抜けるという物語です。何かを決断し、それに基づいて行動するという能動性を発揮するための基盤となる、あるいは、日々の暮らしを成立させ、そこで生起する感覚や感情や愛情に実質を与えるための基盤となるはずの、世界の枠組みそのものが、何度も崩れてしまうのです。その度に、世界観が崩壊し、実が虚になり、世界への信が失われます。何が現実で何がそうでないのか、何が本当で何か嘘なのかは、キョウの選択によってではなく、世界の枠組みの崩れにより虚実の軸が移動することで決定します。そしてそれは、一度だけではなく、何度も起こるのです。

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