虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 連載・読み物

虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察
第3回 ネットもスマホもなかった世界から遠く離れて

6月 01日, 2016 古谷利裕

 
 

インターネットのはじまり

この2、30年で我々の生活をもっとも大きく変えた技術はインターネットといえるでしょう。インターネットの起源は1969年にまで遡ることができます。この年、米国防総省の高等研究計画局がパケット交換の技術に関するプロジェクト募集を行いました。リアルに核戦争の可能性のあった冷戦時代、交換機でつなぎ替えて、1本の回線で通信相手と1対1でつなぐ従来の通信方法では、(1)交換機を攻撃されると通信ができなくなる、(2)通信の数だけ回線数が必要になる、という二つの欠点があり、これをカバーするものとして、情報を小分けにしてそれぞれに宛先の住所をつけて回線に流すパケット交換という方式が考えられました。このパケット交換こそがインターネットの基礎となったアイデアといえます。募集を受けて同年、UCLA、スタンフォード大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、ユタ大学の4カ所を結ぶ、最初のパケット交換ネットワークが生まれました。

パケット交換が電話のような従来の通信と異なるのは、小分けにされたデータが通信先までのルートを確保しないままで送り出される点です。1台のトラックで宛先まで運ばれる荷物とは異なり、データはルータといういわば集配所に集められ、そこからさらに目的地に近い別のルータへと運ばれるということが繰り返されます。一つのコンピュータが経路を管理しているのではなく、たとえば、荷物が集められた東京の集配所が、目的地である札幌の住所に詳しくなくても、とりあえず北海道へと向かうルートに荷物を乗せれば、次の行程はその先の集配所が決めればよいというふうになっているということです。だから、仮にいくつかのルータが破壊されたとしても、別の経路を通って通信が可能となるのです。

国防総省の主導ではじまったパケット交換に関する研究ですが、1983年には現在も使われているTCP/IPというプロトコル(通信規格)が完成し、ネットワークの「軍」の部分がMILNET(ミルネット:アメリカ軍用ネットワーク)ミルネットとして分離されます。ここから、研究開発用へと開かれたインターネットの歴史がはじまります。とはいえ、当時の日本では通商産業省(現経済産業省)がたちあげた第五世代コンピュータの開発プロジェクトが大々的にもてはやされる一方、インターネットの研究はあまり注目されない地味なものであったといいます。『インターネットが変える世界』(古瀬幸広・廣瀬克哉)によると、「これからはファックスの時代だ。コンピュータネットワークなんかもう古い」「貴重なコンピュータを、たかがおしゃべりのために使うのは馬鹿げている」といった意見が専門家のなかにさえあったそうです。
 

マイクロチップの魔術師

驚くべきことに、専門家でさえインターネットの可能性を的確につかめていなかった80年代初頭に、コンピュータ間の情報ネットワークのなかからほとんど自然発生的に意識が生まれるというアイデアの小説がすでに書かれていました。数学者でもあるSF作家、ヴァーナー・ヴィンジが書いた『マイクロチップの魔術師』(1981年)です。ヴィンジは、人工知能が自分より賢い人工知能を開発することができるようになれば、技術の進歩は人間を介する必要のない自律的なものとなり、進歩の速度が予測不可能なほどに速くなるとし、それをシンギュラリティという概念として提示した最初の人でもあります。この小説には、意識をネットワーク上にアップロードして不死を得るというアイデアも書き込まれていますが、この後、情報ネットワークからの意識の自然発生、および意識のネットワークへのアップロードというアイデアは、フィクションの世界において様々なバリエーションを生むことになります。

とはいえ、この時点ではサイバースペースを具体的なイメージをもって描き出すためのモデルとなり得る技術は存在していませんでした。『マイクロチップの魔術師』でサイバースペースは、中世的な世界を背景とするファンタジーのようなイメージによって書かれています。ネットワークに接続したとたん、ハッカーたちはファンタジー的な世界に入り込むのです。アラン・チューリングのTシャツを着た怪獣が現れたりします。しかしこれでは、基本的に衣装ダンスの奥が異世界へ通じているという物語とそれほど違わないともいえます。この時点でのインターネットの技術は、ネットワークからの意識の発生や、意識のアップロードというアイデア(想像力)を生み出すほどのものでしたが、この世界と異世界とをどのように媒介するのか、どのように関係づけるのかという点では、いまだ新しいイメージを生むまでには至っていなかったといえるでしょう。

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