ところで、日本の現状はどうかと言えば、起業の実績は捗々しくありません。その原因は、そもそも起業に関心を持っている人たちが少ないということにあります。アントレプレナーシップの意識を高め、日本のアントレプレナーが育つ機会が必要です。この新連載では、これまで「起業」について数多く書かれてきた高橋徳行さんが、いま日本で現実に進んでいる起業の事例を紹介し、「アントレプレナーシップ」を身近に感じ、起業の実現に向けたヒントを提供していきます。[編集部]
①日本は起業が難しい国なのか
若い企業の実力の違い
GAFA(ガーファ)、つまりグーグル、アップル、フェイスブック、そしてアマゾンに対する注目度が以前にも増して高まっています。経済産業省などが憂いていることは、経済がますますデジタル化する中で、プラットフォーマーとしての彼らの支配力です。
しかし、ここでは、別の視点からGAFAを捉えてみましょう。つまりGAFAの企業年齢の若さからです。
表1は、企業の時価総額ランキング(世界)を表したものです。これを見ると、GAFAの中で最も業歴の長い企業はアップルで、創業は1976年です。続いて、(GAFAに含まれていませんが)マイクロソフトの1975年、アマゾンの1994年、グーグルの1998年、そしてフェイスブックの2004年と続きます。アップルとマイクロソフトも日本の高度成長期の後に誕生した企業であり、それ以外の3社にいたっては、20年前には取るに足らない、もしくは存在すらしていなかった企業が世界経済に対して大きな影響力を持っているのです。
企業の時価総額ランキング(世界)をさらに見ると、世界のトップ10のうち、7社がわが国の高度成長が終わった後に誕生しています。つまり、1975年以降に生まれた企業で、そのうちの5社は1990年以降の誕生です。また、業歴が長い企業も含めて、10社のうち8社が米国に本社を置き、残りの2社は中国と、残念ながら日本企業はベスト10にはいません。第42位にトヨタ自動車が顔を出すにとどまっています。
次に、日本国内における企業の時価総額ランキングを見ると、トップのトヨタ自動車をはじめに、10位のファーストリテイリング(ユニクロ)まで続きます(表2)。
世界ランキングと日本ランキングを比べて、真っ先に気が付くことは、その時価総額の低さですが、次は創業年の違いです。NTTドコモ、三菱UFJフィナンシャル・グループ、そしてKDDIの見かけ上の「新しさ」を除くと、1975年以降に生まれた企業(グループ)は第5位のソフトバンクグループのみで、少し「おまけ」をしてもキーエンスが入るだけです(第9位のソフトバンクの前身はJR通信)。
わが国のベンチャー企業の代表的存在である楽天、サイバーエージェント、そしてディー・エヌ・エーは(日本ランキングの)ベスト100からも漏れています。
米国のかつての代表的企業であるウォルマートやコカ・コーラの時価とトヨタ自動車の時価を比べると、2倍以上の差はなく、いわゆる「老舗」企業のパフォーマンスは、日米間に大きな違いはありません。日米間、そして日中間の経済力の差は、若い企業によるものと言えるでしょう。
安倍内閣の未来投資戦略などでは、新しい企業の誕生率がKPI(主要業績評価指標)に含まれています。これは、人口だけではなく、今、わが国では企業の誕生が少なくなり、そのことが日本経済に少なからぬ影響を与えているからに他ならないからです。少産化は、企業社会にとっても無視できない状況となっています。
起業活動の現状
次に、わが国における新しい企業の誕生の現状を見てみましょう。新しい組織を作って新しい事業を始めることを起業活動、起業家活動、あるいはアントレプレナーシップと呼びますが、その起業活動のわが国の現状を国際比較可能なデータを使って確認します。
図1は、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(Global Entrepreneurship Monitor: GEM)という国際調査データを加工したものです。2001年から2017年のデータをプール化し、日本、米国、そして中国の3か国において、成人(18-64歳)人口100人あたり何人(何パーセント)が起業活動に従事しているかを示しています。GEMにおける起業活動の定義は厳密に行われていますが、ここでは、新しい企業を立ち上げようとする活動、もしくは創業後間もない企業の活動と考えていただければ十分です。
これを見ますと、米国や中国に比べて、日本の起業活動が不活発であることは明らかです。2001年から2017年にかけて、米国は成人100人あたり11.4人が起業活動に従事し、中国は、その数が14.9人であったのに対して、日本はわずか3.7人という結果です。
この結果を見て、多くの人は、日本は起業が難しい国であると思うでしょう。起業活動の水準が低いのですから、当然の結論のように思えますが、その問いに対しての私の答えはNOです。
結論の理由をやや先取りにして言うと、日本は起業したいと思っている人にとっては起業しやすい国であり、起業活動の水準が低いのは、起業したい人が起業できないからではなく、起業しようとか、そもそもキャリアの選択肢の中に起業が含まれていない人が圧倒的に多いからなのです。そのことを次にみてみましょう。
本当に起業しにくい国なのか
この問題を考えるために、一つの仮定を置いてみます。つまり、起業活動はプロセスと考え、そのプロセスはいくつの段階に分けることができるというものです。
つまり、一般成人のうちの何割かが起業家予備軍(起業態度を有する者)となり、その中から起業活動の準備を実際に行う者が現れ(懐妊期の起業家)、さらに事業を始める若い起業家が誕生する(誕生期・幼児期の起業家)。そして、誕生期・幼児期の起業家が生き延びると成人期の起業家になるというものです。ちなみに、GEMでは、成人人口100人あたりの「懐妊期」の起業家と「誕生期・幼児期」の起業家の合計が何人いるかを、起業活動水準を測る時の指標としています。
このように起業活動をいくつかのプロセスに分けると、いきなり起業家が誕生するのではなく、第1段階として一般成人→起業家予備軍(起業態度を有する者)があり、第2段階として起業家予備軍→懐妊期+誕生期・幼児期の起業家があると考えることができます。
そして、起業活動の水準を考える場合、この2つの段階の移行率を見る必要があり、起業しやすいか否かを考える時は、起業家予備軍(起業態度を有する者)→懐妊期+誕生期・幼児期の移行率が重要です。それは、起業態度を有しない者は基本的に起業活動を始めることはなく、起業しやすい国か否かは、起業家予備軍が起業活動に移行しやすいかどうかを論じるべきだからです。
図3は、日本、米国、そして中国の3か国の起業家予備軍の起業活動の水準を見たものです。これを見ると、日本の水準は中国には及ばないものの、米国を上回っています。日本における起業家予備軍の起業実現率は、決して低くなく、このことから日本は起業が難しい国ではないことがわかるでしょう。
起業家予備軍が少ない
では、なぜ、日本の起業活動の水準は低いのでしょうか。
ここまで来れば、答えは明白です。それは起業家予備軍が少ない、起業態度を有する者が少ないからです。
成人人口100人あたりの起業家予備軍、もしくは起業態度を有する者の割合を見ると、米国が54.9%、中国が35.3%に対して、日本は12.5%に過ぎません(図4)。12.5%がいくら頑張っても、起業家予備軍が35.3%、54.9%もいる国に勝ち目がないのは当然といえば当然なのです。
このように、連載冒頭の紹介文にありますように、起業に関心がない人が多すぎることが、日本の起業活動が低迷している大きな原因です。
ですから、この連載の第3回(次の次)からは、起業活動を、その厳しさも含めて、もっと身近に感じてもらうために、わかりやすい事例を紹介しながら起業活動とはどのようなものなのかを解説していきたいと思います。
第2回は、起業活動の「幅」の広さをテーマにします。起業活動を実践するアントレプレナーには、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス(Jeffrey Preston Bezos)のように最初から大きな事業展開を想定し、本当にビッグになった人もいれば、創業後何年経っても従業者は創業者1人という企業もいるからです。平均値では捉えきれない起業活動の側面をお伝えした後で、個々の事例を読んでほしいと思います。
高橋徳行さんの新連載が始まりました。毎月1~2回更新予定です。どうぞお楽しみに。[編集部]
》》》バックナンバー
①日本は起業が難しい国なのか
②起業活動のスペクトラム
③「プロセス」に焦点を当てる
④良いものは普及するか
⑤Learning by doing
⑥連続起業家
⑦学生起業家
⑧社会起業家