夢をかなえるための『アントレプレナーシップ』入門
⑥連続起業家

About the Author: 高橋徳行

たかはし・のりゆき  1956年北海道生まれ。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。1998年バブソン大学経営大学院(MBA)修了。2003年より武蔵大学経済学部教授。2015年より同大学経済学部長(2017年まで)。2022年より同大学学長。主著は、『起業学の基礎』(勁草書房)、『アントレプレナーシップ入門』(共著、有斐閣)などがあり、訳書としては『アントレプレナーシップ』(共訳、日経BP社)などがある。日本ベンチャー学会清成忠男賞審査委員長、日本中小企業学会幹事、企業家研究フォーラム理事、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダーなどを兼任。
Published On: 2020/8/27By

 
連載第6回の今回は「連続起業家」なるものを取り上げます。日本では極端に少ないと言われる連続起業家ですが、その本質は何でしょうか。日本でもそういった起業家が増えることを願っています。[編集部]
 
 
 起業を目指す人によく言われることのひとつにThink differentがあります。これは、もともとは1997年のアップルコンピュータの広告キャンペーンのスローガンに使われたもので、翻訳不可能な言葉ですが、「世の中を変える人。その人は他人からクレージーと言われるかもしれないが、私たちは天才だと思う」という趣旨のメッセージがその後に続きます。ですから、超意訳をすれば、「あなたは世の中を変えられる」といった感じでしょうか。そうです。世の中を変えるのは科学者だけではありません。起業家も変えます。今回は、そのような想いを抱きながら、4回めの起業を果たした、典型的な連続起業家(Serial Entrepreneur)である児玉昇司さんを紹介します。
 
連続起業家(Serial Entrepreneur)
 
 1993年に映画化され大ヒットした『ジュラシック・パーク』に登場する迫力ある恐竜に度肝を抜かれた人も、当時は多かったと思います。その恐竜のグラフィックス処理を行うマシンを制作したのがシリコングラフィックス(SGI)社であり、創業者の一人がジェームス(ジム)・クラークです。
 
 ジム・クラークは、その後ネットスケープコミュニケーションズ(NSCP)社を設立して、ウェブブラウザ―でマイクロソフト(MS)社を出し抜き、ビル・ゲイツも一瞬青ざめました。NSCP社のブラウザ―はやがてMS社の猛攻にあって、エクスプローラーに市場を奪われ、アメリカンオンライン(AOL)社に買収されますが、ジム・クラークは1996年にはヘルシオン(医療ソフトサービス会社)を創業し、この会社も上場させます。
 
 このように、普通の人であれば、一つの会社を立ち上げて、それを軌道に乗せるだけでも一生かかってしまうことを短い期間で次々と成し遂げてしまう、ジム・クラークのような起業家のことを連続起業家(Serial Entrepreneur)と呼びます。
 
 世界では、ヴァージン・アトランティック航空のリチャード・ブランソン、ペン入力型PCを世界に先駆けて商業化しようとしたGO社のジェリー・カプランなど枚挙に暇はありませんが、日本では、孫正義氏の弟である孫泰蔵氏やイー・アクセスの千本倖生氏などがいるものの、まだまだその数が少ないのが現状です。
 
 今回紹介するラクサス・テクノロジーズの児玉昇司さん(43歳)は、その数少ない連続起業家の一人で、すでに4回の起業経験があり、起業歴は22年になります。
 
起業動機と起業歴
 
 児玉さんは広島県の出身で、高校は広島大学附属高校に入学した。同校は県内で1位、2位を争う難関校ですから、児玉さんの地頭の良さは疑う余地もありません。しかし、2019年5月のマーケティング専門のWEBメディア「アジェンダノート」の対談では起業の動機は何かと尋ねられて次のような答えています。

劣等感ですね。当時は、医者ブームだったので、クラスの半分くらいが医学部に進学して、それ以外は弁護士を目指して法学部でした。僕はそのどちらでもなかったので、すごく劣等感を味わったのです。

 ちなみに、児玉さんは早稲田大学理工学部に入学している……。いずれにしても、最初はお金持ちになって同級生を見返したいと考え、「Windows95」が発売された1995年に最初の起業をしました。
 
 1回めと2回めは家庭教師のマッチングと車の売り手と買い手のマッチングです。方向性は良かったものの、まだインターネットがそれほど普及していない、しかもほとんどの家では電話回線をインターネット回線として使っていた時期でした。そのため、実績を上げるには至りませんでした。
 
 経営者としての実績は3回めの起業で花開きます。今度は、インターネットから少し離れて、広告会社を始めました。ところが、あるきっかけで、クライアント企業の社長から「通信販売を始めてみては」と言われて、英語教材の通信販売を始めたところ、これがよく売れました。知っている人も多いと思いますが、英語教材の「エブリテイイングリッシュ」は児玉さんが3回めの起業の時に開発したものです。2007年には英語教材として国内売上No.1になったこともあります。
 
 でも、やめてしまいました。
 
 なぜでしょうか。それは世界を変えられないからです。この英語教材は日本人しか使いません。いくら頑張っても、日本語を話す人が1.2億人として、世界人口がおよそ77億人ですから、潜在顧客は世界全体の約1.6%(1.2÷77=0.016)にしかならないからということです。
 

図1 児玉昇司さん

資料:児玉さん提供。

 
ラクサス・テクノロジーズ
 
 児玉さんが現在経営する会社、4回めに立ち上げた会社がラクサス・テクノロジーズです。名前だけから想像すると、「児玉さんは理工学部出身なので、次は技術系の会社」と思われるかもしれません。確かに、企業経営にテクノロジーを駆使していますが、事業内容をひと言で表現すると、高級ブランドバッグの月額課金制のレンタル業です。違う言い方をすると、サブスクリプションモデルを高級バッグに応用したビジネスになります。
 
 現在の事業概要を簡単に説明すると、同社の顧客になると、毎月6,800円を支払うことで、3万4,000種類以上のエルメス、シャネル、グッチ、プラダ、そしてセリーヌなどの高級ハンドバッグを、送料無料で、取り換え回数無制限で利用できるというものです。継続率も高く、9か月超続けた人は98%以上、契約したばかりの人も含めたすべての顧客を対象にしても91.6%という高さを誇り、流通総額も500億円を超えています。
 
 児玉さんによると、日本国内だけでもタンスに寝ているバッグの総額は推定で4兆円弱、個数では3,500万個になるそうです。確かに、20歳代、30歳代、40歳代、そして50歳代まで加えると、女性の数は3,000万人を超えます。一人10万円としてもすぐに3兆円ですし、家族や友人のことを思い浮かべると、「もっと多いかも」と思えるくらいの数字です。
 
 この部分が児玉さんのビジネスを構成する重要な一部分になります。高級バッグは使わなくなっても捨てにくい、そして女性は意外と気に入ったバッグを集中的に使うという傾向が、使われないバッグが家庭に滞留する主な要因のひとつと言えます。
 
 ビジネスモデルはシンプルです。家庭に大量の高級ハンドバッグが眠っていることは明らかですから、それらを同社が預かり、それを使いたいに人に貸し出せば良いのです(図2)。
 

図2 ラクサス・テクノロジーズの基本的なビジネスモデル

資料:筆者作成。

 
 貸出用のハンドバッグのすべてが家庭から出てこなくても(自社で仕入れるものがあっても)、一人が自分で買ったもの「だけ」を使う状態と比べると、地球環境にやさしいビジネスですし、日本人向けの英語教材よりもすそ野が広い。この事業が世の中に与えるインパクトは英語教材よりも大きいことはすぐわかります。
 
 それでは、このようなビジネスモデルの事業が成り立つための条件はどのようなものでしょうか。整理をすると、次の3つになります。
 
 第1には、高級ブランドバッグを1か月ごと、数か月ごとに取り換えて持ち歩きたいと思っている女性がそもそもいるのか。
 第2には、貸したい女性を集められるか。つまり、タンスに眠っているバッグをラクサス・テクノロジーズに預け、稼働率に応じて報酬を受け取る女性です。もちろん、メーカーや商社から直接仕入れることもできますが、同社のミッションを考えると、この部分は重要です。
 第3には、顧客の管理や商品の受け渡しにかかる業務をいかに効率化できるか
 
 次に、3つの課題に対する児玉さんの取り組みを見てみましょう。
 
ユーザーは息を吐くように嘘をつく
 
 まず、第1の課題に関連して、児玉さんが女性を何人か集めて、高級ブランドバッグをどのように使いたいのかを尋ねた時の答えです。
 
 「いまどき、数十万円のバッグを持って歩くのは恥ずかしい。せいぜいKate spadeの5万円くらいのバッグまで」
 「そもそも、数か月で取り換えるのがかっこ悪い。高くて良いものは、同じものを大切に長く使うもの」
 「そうそう。傷があって色が少し落ちてくるほど使い込んでこそ、愛着が生まれるもの」
 
 このような返事ばかりで取り付く島もなかったそうです。仕方がなくなった児玉さんは次のように言いました。
 
 「わかった。このビジネスは考え直す。ここにあるバッグはもう要らなくなったから、好きなものを持って帰ってもいいよ」
 
 すると、どうでしょう。あれほど、高級ブランドバッグに否定的であった女性たちは、値段の高いバッグに殺到し、奪い合いになったとのことです。
 
 その経験から児玉さんは「消費者アンケートは絶対」と思い込むことの危険性を指摘します。つまり、良い物を長く使いたいのではなく、良い物は(高いから)長く使わなくてはならないのであり、傷や汚れは愛されるべき歳月の贈り物ではないということです。
 
 このような経緯はありましたが、第1の課題については需要が存在するという結論に至りました。
 
貸したい女性は借りたい女性
 
 第2の課題も、現在、3万4,000種類以上の在庫を有していますが、その3分の1くらいは貸したい女性から預かったものです。バッグを提供する女性は借りたい女性でもあり、逆にバッグを借りたい女性は同社に貸し出すバッグを持っている可能性が高く、売上と仕入れに相乗効果が働きます。
 
 自分ではあまり使わなくなった、タンス預金ならぬ、「タンス」バッグを有効に活用しながら、「資産」運用して、そこから得られた資金で一度は手にしたかったバッグを借りられるということも想定できます。
 
情報技術を駆使して
 
 第3の課題に対しては、社名の後半にある「テクノロジーズ」を駆使して対応しています。例えば、いつでも返却自由、月に何度で取り換え自由というサービスですので、発送業務の効率化は絶対条件ですが、同社では、それをたった2名で対応しているのです(図3)。
 

図3 同社の倉庫(ここからの発送業務を2名で対応)

資料:児玉さん提供。

 
 また、情報技術はコスト削減という「守り」だけではなく、消費者動向の把握という「攻め」にも使われています。つまり、同社のバッグにはICタグが埋め込まれているので、発送業務効率化や盗難時対応だけではなく、(本人の了解が得られると)同社のバッグを借りたユーザーがどのような活動をしているかもわかります。
 
 これは、現在、POSシステムなどによって、誰がどこで何を買ったのかという情報は水や空気のように世の中に溢れています。しかし、買われたものがどのように使われているのかは、コマツのブルドーザーやゼネラルエレクトロニクス(GE)の発電用タービンに代表されるような事業用製品に限られており、消費財ではほとんどありません。しかし、商品開発をする際には喉から手が出るほど欲しい情報でしょう。それを同社が持っている、そして日々蓄積していることの意味は大きいと言えます。
 
 今後の展開が楽しみです。
 
連続起業家の熟達
 
 20年ほど前から、アントレプレナーシップの研究に一つの新しい考え方が誕生しました。それは連続起業家の研究成果によるものです。従来、起業を目指す人は、比較的明確な事業機会の実現を目指し、そのために必要な経営資源を獲得するというものでした(図4)。
 

図4 事業機会先導型の起業活動

資料:筆者作成。

 
 しかし、起業活動を何度か経験し、起業活動に熟達した連続起業家は、明確な事業機会が最初にあるのではなく、①手元にある経営資源で何ができるかをまず考える、②マーケットの対話を通して事業機会の輪郭を固めていく、③耐えられる損失の限度を決めて、その限度に達するまで挑戦し続ける、というプロセスを取るというのです(図5)。
 

図5 事業機会導出型の起業活動

資料:筆者作成。

 
 児玉さんは、3回めの起業によって通信販売業界の経験を有していました。これは今のビジネスに大きく貢献していることは間違いありません。また、WEBメディア「アジェンダノート」の対談の中で、「挑戦するときにいくらまでなら損失を出してもいいのかを判断しています」と語っている。そして、そもそも高級ブランドバッグを1か月ごと、数か月ごとに取り換えて持ち歩きたいと思っている女性がどのくらいいるのかを調べ、マーケットとの対話を行っています。
 
 現実のケースに事業機会先導型か事業機会導出型を二分法で当てはめるのは意味がありませんが、過去の経験を生かしていること、そして何よりもマーケットとの対話の中で、消費者の本当の姿を見抜くことの重要さは、連続起業家である児玉さんからぜひ学びたいことと思います。
 
 
》》》バックナンバー
①日本は起業が難しい国なのか
②起業活動のスペクトラム
③「プロセス」に焦点を当てる
④良いものは普及するか
⑤Learning by doing
⑥連続起業家
⑦学生起業家
⑧社会起業家

About the Author: 高橋徳行

たかはし・のりゆき  1956年北海道生まれ。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。1998年バブソン大学経営大学院(MBA)修了。2003年より武蔵大学経済学部教授。2015年より同大学経済学部長(2017年まで)。2022年より同大学学長。主著は、『起業学の基礎』(勁草書房)、『アントレプレナーシップ入門』(共著、有斐閣)などがあり、訳書としては『アントレプレナーシップ』(共訳、日経BP社)などがある。日本ベンチャー学会清成忠男賞審査委員長、日本中小企業学会幹事、企業家研究フォーラム理事、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダーなどを兼任。
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