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『未来技術の倫理』

 
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河島茂生 著
『未来技術の倫理 人工知能・ロボット・サイボーグ』

「序章 求められる先端技術の倫理 第1節」(pdfファイルへのリンク)〉
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序章 求められる先端技術の倫理
 
1 社会を覆う工学的技術
 人工知能(Artificial Intelligence、以下AI)、ロボット、サイボーグ。こうした言葉が登場して久しい。よく知られている通りAIという語は、一九五六年のダートマス会議のためにジョン・マッカーシー(John McCarthy)によって生み出された造語であり、そのときからすでに六〇年以上が経過している。一方、ロボットは、カレル・チャペック(Karel Čapek)が一九二〇年に発表した戯曲『R. U. R.』が語の端緒とされており、もともと「労働」「隷属」を意味する語「robota」から来ている。二〇二〇年は、ロボットという語が生まれてからちょうど一〇〇年であった。サイボーグという語については、「サイバネティック・オーガニズム」(cybernetic organism)の略であり、いまから六〇年ほど前の一九六〇年にマンフレッド・クラインズ(Manfred Clynes)とネイザン・クライン(Nathan Schellenberg Kline)が生物と機械とのハイブリッドを言い表すために創り出した言葉である。
 こうした言葉が生まれて以降、個々の技術が高度化しただけでなく、技術が互いにネットワーク化し、いまの技術にすぐさま別の新たな技術が加わるかたちで連鎖してきている。今後その傾向はますます強まっていくだろう。これからの未来を考えるにあたっては、「グローバリゼーション」「地球環境」「人口」などと同じく、「技術」的要素を見過ごすわけにはいかない。
 技術はメディアであり、人と人とのコミュニケーションを媒介し、また人間の認知や身体の能力を拡大することで人と世界との間を媒介する。その媒介の作用とともに、コミュニケーションのありかたが変わり、ひいては社会が変わる。また、世界観も変わっていく。
 技術の社会的影響は大きくなってきた。工学的技術は、社会の隅々にまで入り込んでいる。蛇口をひねると水が出てくるのは、建物や地中に水道管がはりめぐらされているからである。スイッチを押せば照明がつくのは、発電所や変電所、送電線といった社会的インフラが整えられているからだ。それだけでなくガス管や鉄道網、道路網、電話網、光ファイバー網にも覆われている。あちこちに基地局があり、人間の裸眼には映らないものの、テレビやラジオの電波はもちろん、無線LANやBluetooth、携帯電話の電波が飛び交っている。センサーがさまざまなモノに埋め込まれ、スマートフォン(以下、スマホ)だけでも加速度センサーやジャイロセンサー、照度センサー、GPSセンサーなどが搭載されている。そうした工学的技術が使えなくなったら、私たちはたちまち混乱に陥る。きれいな水も飲めず、スマホも使えない。新型コロナウイルス感染症(COVID─19)の拡大を防ぎながらオンラインで会議ができるのも工学的技術があってこそである。
 技術は無色透明ではない。開発者だけではなく広く社会のなかで形成されてその姿を変えながら、社会を導いていく存在物である。したがって、技術をいかに開発し利活用していくかは私たちに託されている重要な課題である。技術が及ぼす悪影響については誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。私たちは、工学的技術が遍在している社会のなかで、技術を全面的に否定することもできなければ全面的に肯定することもできない。技術に対して諾否を同時にいわなくてはならないのだ。
 そのためには技術の倫理を思考していく必要がある。倫理(ethics)は、「~してはならない」という戒めとイコールではない。語源としては「習慣」(ethos)という意味であり、日本語でも「なかま、秩序」を意味する「倫」という語と「ことわり、すじ道」を意味する「理」の語の組み合わせからできている(和辻、1934=2007)。したがって、倫理を考えることは秩序や歩む道を熟思することである。いかに秩序を形成していくかと問い続けることだ。これまでも技術によって倫理的議論が引き起こされてきた。というのも、新しい技術によってこれまでの慣習とは違った局面が現れるからである。免疫抑制剤が開発されてはじめて、ある人の臓器を別の人の臓器として使うことが是か非かという議論になり、超音波検査等が開発されてはじめて出生前診断が是か非かという議論になった。ネオ・サイバネティクスの鼻祖ハインツ・フォン・フェルスター(Heinz von Foerster)は、選択肢の数を増やすように行動することが倫理的であると評した(Foerster, 1991)。技術によって選択可能な領域が増える代わりに、いかなる選択をすべきかの判断が私たちに委ねられるようになっている。出生前診断が胎児に対してできるようになったことにより、親は、その検査をするか否か、検査をしてダウン症や二分脊椎症などを患っている可能性が高いと判断された場合はどうするかといった倫理的な判断が求められるようになった(Verbeek,2011=2015)。きわめて厳しい選択である。
 コンピュータ技術も同様である。次々と技術開発が進み普及することで、コンピュータ倫理・情報倫理が問われてきた。特にAIは、しばしば第三次ブームを迎えていることが指摘されてきている。国内外を問わず、企業がAIの開発に力を注ぎ、その成果が話題に上ることが多い。ディープラーニング(深層学習)によってコンピュータが自動でさまざまな事象の特徴量(素性)を抽出することで、画像認識・音声認識の精度が大幅に高まり、運動にまで応用されるようになってきた。囲碁のコンピュータプログラムAlphaGo は、人間の最高の棋士との対戦に相次いで勝利した。IBM Watson は、クイズ番組『ジェパディ!』で人間を負かして耳目を集め、コールセンター業務や就職活動支援だけでなく、医療診断にも応用されており膨大な論文を解析し病名候補を算出している。人間がハンドルを握らない自動運転車をめぐる研究開発も活発である。またAIとあわせて、センサーやアクチュエーターがついたロボットについて見聞きすることも増えてきている。Pepper やMEEBOのような人型ロボットやAIBOやパロのような動物型ロボットも、社会のなかに入ってきた。政府も積極的な動きを見せており、ロボット革命実現会議を設置して「ロボット新戦略」を打ち出した(ロボット革命実現会議、2015)。そこでは、日本は産業用ロボットで世界一の座を維持してきたが、これからは小型で汎用性を備えたロボットを作り出さなければならず、そのための戦略が練られている。さらに国内外を問わず、AIやロボットにまつわる法制度の議論も活発化してきた。AIやロボットは、着実にさまざまな領域に広がりいまなお多様な展開を見せている。
 絶え間ない自動化はとどまるところをしらない。量子コンピューティングにより、これまでのコンピュータでは計算に時間がかかってできなかった組み合わせ最適化の処理が可能となる。顧客の行動を分析するための変数を増やせば増やすほどレコメンデーションする商品・サービスの組み合わせが膨大になり、従来のコンピュータでは時間がかかってしかたがない。しかし、量子コンピューティングでは多数の変数を組み込んだレコメンデーションが可能となり、人々のニーズに合った精度の高いレコメンデーションが瞬時に実行できることが期待される。コンピュータ・シミュレーションでも同じだ。分子のシミュレーションは、ごく単純化されて行われているが、今後量子ビットが増していけば、低分子化合物や高分子化合物のシミュレーションが可能となると見込まれる。材料のシミュレーションであれば、混入物や欠陥があっても一定の硬さや光学的性能、熱的性能が保たれるように複数の解の候補を出力できる。局所的な最適化だけでなく、より広い範囲・より多くのケースでの最適化が図られるようになるだろう。
(以下、本文つづく。注、傍点は省略しました。)
 
 
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