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『未来技術の倫理』

 
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河島茂生 著
『未来技術の倫理 人工知能・ロボット・サイボーグ』

→〈「序章 求められる先端技術の倫理 第1節」「第1章 AI・ロボット・サイボーグに対する社会的眼差しの変化と夢 第1節」(pdfファイルへのリンク)〉
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序章 求められる先端技術の倫理
 
1 社会を覆う工学的技術
 人工知能(Artificial Intelligence、以下AI)、ロボット、サイボーグ。こうした言葉が登場して久しい。よく知られている通りAIという語は、一九五六年のダートマス会議のためにジョン・マッカーシー(John McCarthy)によって生み出された造語であり、そのときからすでに六〇年以上が経過している。一方、ロボットは、カレル・チャペック(Karel Čapek)が一九二〇年に発表した戯曲『R. U. R.』が語の端緒とされており、もともと「労働」「隷属」を意味する語「robota」から来ている。二〇二〇年は、ロボットという語が生まれてからちょうど一〇〇年であった。サイボーグという語については、「サイバネティック・オーガニズム」(cybernetic organism)の略であり、いまから六〇年ほど前の一九六〇年にマンフレッド・クラインズ(Manfred Clynes)とネイザン・クライン(Nathan Schellenberg Kline)が生物と機械とのハイブリッドを言い表すために創り出した言葉である。
 こうした言葉が生まれて以降、個々の技術が高度化しただけでなく、技術が互いにネットワーク化し、いまの技術にすぐさま別の新たな技術が加わるかたちで連鎖してきている。今後その傾向はますます強まっていくだろう。これからの未来を考えるにあたっては、「グローバリゼーション」「地球環境」「人口」などと同じく、「技術」的要素を見過ごすわけにはいかない。
 技術はメディアであり、人と人とのコミュニケーションを媒介し、また人間の認知や身体の能力を拡大することで人と世界との間を媒介する。その媒介の作用とともに、コミュニケーションのありかたが変わり、ひいては社会が変わる。また、世界観も変わっていく。
 技術の社会的影響は大きくなってきた。工学的技術は、社会の隅々にまで入り込んでいる。蛇口をひねると水が出てくるのは、建物や地中に水道管がはりめぐらされているからである。スイッチを押せば照明がつくのは、発電所や変電所、送電線といった社会的インフラが整えられているからだ。それだけでなくガス管や鉄道網、道路網、電話網、光ファイバー網にも覆われている。あちこちに基地局があり、人間の裸眼には映らないものの、テレビやラジオの電波はもちろん、無線LANやBluetooth、携帯電話の電波が飛び交っている。センサーがさまざまなモノに埋め込まれ、スマートフォン(以下、スマホ)だけでも加速度センサーやジャイロセンサー、照度センサー、GPSセンサーなどが搭載されている。そうした工学的技術が使えなくなったら、私たちはたちまち混乱に陥る。きれいな水も飲めず、スマホも使えない。新型コロナウイルス感染症(COVID─19)の拡大を防ぎながらオンラインで会議ができるのも工学的技術があってこそである。
 技術は無色透明ではない。開発者だけではなく広く社会のなかで形成されてその姿を変えながら、社会を導いていく存在物である。したがって、技術をいかに開発し利活用していくかは私たちに託されている重要な課題である。技術が及ぼす悪影響については誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。私たちは、工学的技術が遍在している社会のなかで、技術を全面的に否定することもできなければ全面的に肯定することもできない。技術に対して諾否を同時にいわなくてはならないのだ。
 そのためには技術の倫理を思考していく必要がある。倫理(ethics)は、「~してはならない」という戒めとイコールではない。語源としては「習慣」(ethos)という意味であり、日本語でも「なかま、秩序」を意味する「倫」という語と「ことわり、すじ道」を意味する「理」の語の組み合わせからできている(和辻、1934=2007)。したがって、倫理を考えることは秩序や歩む道を熟思することである。いかに秩序を形成していくかと問い続けることだ。これまでも技術によって倫理的議論が引き起こされてきた。というのも、新しい技術によってこれまでの慣習とは違った局面が現れるからである。免疫抑制剤が開発されてはじめて、ある人の臓器を別の人の臓器として使うことが是か非かという議論になり、超音波検査等が開発されてはじめて出生前診断が是か非かという議論になった。ネオ・サイバネティクスの鼻祖ハインツ・フォン・フェルスター(Heinz von Foerster)は、選択肢の数を増やすように行動することが倫理的であると評した(Foerster, 1991)。技術によって選択可能な領域が増える代わりに、いかなる選択をすべきかの判断が私たちに委ねられるようになっている。出生前診断が胎児に対してできるようになったことにより、親は、その検査をするか否か、検査をしてダウン症や二分脊椎症などを患っている可能性が高いと判断された場合はどうするかといった倫理的な判断が求められるようになった(Verbeek,2011=2015)。きわめて厳しい選択である。
 コンピュータ技術も同様である。次々と技術開発が進み普及することで、コンピュータ倫理・情報倫理が問われてきた。特にAIは、しばしば第三次ブームを迎えていることが指摘されてきている。国内外を問わず、企業がAIの開発に力を注ぎ、その成果が話題に上ることが多い。ディープラーニング(深層学習)によってコンピュータが自動でさまざまな事象の特徴量(素性)を抽出することで、画像認識・音声認識の精度が大幅に高まり、運動にまで応用されるようになってきた。囲碁のコンピュータプログラムAlphaGo は、人間の最高の棋士との対戦に相次いで勝利した。IBM Watson は、クイズ番組『ジェパディ!』で人間を負かして耳目を集め、コールセンター業務や就職活動支援だけでなく、医療診断にも応用されており膨大な論文を解析し病名候補を算出している。人間がハンドルを握らない自動運転車をめぐる研究開発も活発である。またAIとあわせて、センサーやアクチュエーターがついたロボットについて見聞きすることも増えてきている。Pepper やMEEBOのような人型ロボットやAIBOやパロのような動物型ロボットも、社会のなかに入ってきた。政府も積極的な動きを見せており、ロボット革命実現会議を設置して「ロボット新戦略」を打ち出した(ロボット革命実現会議、2015)。そこでは、日本は産業用ロボットで世界一の座を維持してきたが、これからは小型で汎用性を備えたロボットを作り出さなければならず、そのための戦略が練られている。さらに国内外を問わず、AIやロボットにまつわる法制度の議論も活発化してきた。AIやロボットは、着実にさまざまな領域に広がりいまなお多様な展開を見せている。
 絶え間ない自動化はとどまるところをしらない。量子コンピューティングにより、これまでのコンピュータでは計算に時間がかかってできなかった組み合わせ最適化の処理が可能となる。顧客の行動を分析するための変数を増やせば増やすほどレコメンデーションする商品・サービスの組み合わせが膨大になり、従来のコンピュータでは時間がかかってしかたがない。しかし、量子コンピューティングでは多数の変数を組み込んだレコメンデーションが可能となり、人々のニーズに合った精度の高いレコメンデーションが瞬時に実行できることが期待される。コンピュータ・シミュレーションでも同じだ。分子のシミュレーションは、ごく単純化されて行われているが、今後量子ビットが増していけば、低分子化合物や高分子化合物のシミュレーションが可能となると見込まれる。材料のシミュレーションであれば、混入物や欠陥があっても一定の硬さや光学的性能、熱的性能が保たれるように複数の解の候補を出力できる。局所的な最適化だけでなく、より広い範囲・より多くのケースでの最適化が図られるようになるだろう。
(以下、本文つづく。注、傍点は省略しました。)
 
 
第1章 AI・ロボット・サイボーグに対する社会的眼差しの変化と夢
 
1 新聞記事数に見る社会的関心の経時的変化
 AIやロボット、サイボーグに向けられる社会的な想像力はどのようなものだっただろうか。本章では、日本の社会の大きな動向に言及しつつ、日本の新聞記事を分析してAI等に対する語られかたを検討する。
 二〇一四年以降、AIは、一九五〇年代後半から一九六〇年代の第一次ブーム、一九八〇年代の第二次ブームに続く、第三次ブームを迎えたといわれている。AI技術をめぐって熱狂的ともいえる状況が起きた。いうまでもなく、ブームという語はその人気が一過性であることを意味に含んでいる。しかしたとえブームが去ったとしても、AIは着実に社会に普及すると予想される。事実、二〇一八年をピークとして新聞記事数は次第に少なくなっている。しかしデジタルデータの増大はとどまるところをしらず、コンピュータの計算資源も増加の一途をたどっており、それらをもとにしたAI等も適用範囲を次第に広げていくだろう。
 そうしたなかで、技術的水準ではなく社会的風潮ともいうべきレベルで、過去の第一次・第二次ブームと現在進行している第三次ブームとの比較を行う必要があるのではないだろうか。それがこの第三次ブームの言説をAIの六〇年間以上にわたる時間的奥行きのなかに位置づけ、過去との関係のなかで第三次ブームのAIを見つめることにつながるのではないだろうか。またAIとあわせて、センサーやアクチュエーターがついたロボットについて見聞きすることも増えてきている。日本は長らくロボット大国として知られてきたが、AIの第三次ブームに合わせてさらなる注目を浴びているように感じられる。
 AIやロボットについての研究の大半は最新技術に関する論文であり、その基礎技術や応用範囲をめぐる課題に関する内容が多い。未来の予言や予想もしばしば行われている(Moravec, 1999=2001;Kurzweil, 2005=2007;Frey & Osborne, 2013 ; Bostrom, 2014=2017;経済産業政策局、2015)。また、AIやロボットの技術史や思想的系譜を検討した研究もすでに行われている(西垣、1990;荒屋、2004;中山、2006;Finlay & Dix, 1996=2006;久木田、2013;松尾、2015;馬場口・山田、2015)。けれどもそうした研究だけでなく、AI等は、社会的な次元でさまざまなイメージを喚起しているゆえ、社会的風潮のなかでどのように位置づけられてきたかを捉えていく必要があるように考えられる。
 加えて、特にロボットは社会的なイメージを伴って、小説や映画、漫画、アニメーションなどで人間対機械の構図で語られたり、正義の味方として描かれたりしていることも少なくない。そうしたロボットの文化史を描いた研究はすでにいくつか行われている(山田、2013)。たとえば久保明教は、漫画やアニメーション作品の変化を確認しながら、ロボットの文化史を描いている(久保、2015)。ロボットが漫画に頻繁に登場するのは、そのことによって人間と機械との違いを意識させ、ロボットが機械の“身体”であるにもかかわらず内面では人間に近づいていこうとする両義性をもっており、その両義性が物語を駆動させる力をもっているからだという。サイボーグもさして違わない。
 とはいえ、AIの社会的イメージの経時的変化に関する検討はなかった。ロボットについても、いかにマスメディアである新聞がロボットについて語ってきたかを考察した研究はほとんど見当たらない。瀬名秀明が『朝日新聞』の記事数の推移についてごく簡単に分析し、鉄腕アトムへの関心が再び集まるきっかけは一九八九年の手塚治虫の死であったことなどを指摘しているぐらいであった(瀬名、2004)。サイボーグについても同様である。
 そこで本章では、AIやロボット、サイボーグの社会的イメージの経時的変化に関する検討を行っていく。
 
調査手法
 マスメディアは、弾丸効果論・限定効果説・新強力効果説といった効果研究が示しているように、直接的にせよ間接的にせよ人々が思い描くイメージの形成に寄与している[1](Cantril, 1940=1971 ; Lazarsfeld et al., 1968=1987 ;McCombs & Shaw, 1972)。また、視聴者や読者が関心を寄せるようなトピックを選び、その内容を取り上げている(岡田、1988;林、2011)。よってAI等をめぐる語られかたを検討するにあたって、マスメディアの動向を調査することは妥当性が見出せる。
 具体的に調査対象としたのは、日本の新聞のなかで発行部数の上位を占める『読売新聞』『朝日新聞』ならびに経済紙といえる『日本経済新聞』の記事である[2]。新聞は、明治期から長らく続いているものが多い。しかも日本の全国紙の発行部数は、近年減少しているとはいえ世界でも珍しいほど大部数である。特に『読売新聞』『朝日新聞』は発行部数で世界一位・二位である(Milosevic, 2016)。内容面でも、知識階級が読者層である大新聞と庶民が読者層である小新聞とが統合された「中新聞」といえる特徴を示しており、広く一般の読者を想定して書かれている。なおかつ「新聞倫理綱領」にあるように、SFや漫画といったフィクションとは違い、正確性を重んじて記事が書かれている。したがって、実際の社会的動向を調べる素材として妥当性が見出せる。こうした点から新聞記事は、調査対象として経年的な分析に適しており、また日本社会の趨勢を反映していると考えられ、ここではマスメディアのなかでも新聞を分析対象とすることとした。本研究は、全国紙のなかでも、もっとも発行部数が多い『読売新聞』『朝日新聞』の両新聞記事を取り上げる。加えて、経済・経営的な観点からAI等が語られることが多いと想定されるため、経済紙である『日本経済新聞』の記事も分析対象に含める。
 これら三紙は、新聞データベースが提供されている。『読売新聞』は「ヨミダス歴史館」があり、『朝日新聞』は「聞蔵Ⅱ」のデータベースがある。『日本経済新聞』は「日経テレコン」が提供されている。AIに関してはいずれのデータベースでも検索式は「人工知能」の一語のみとした[3]。一方、ロボットやサイボーグについても検索式はそれぞれ「ロボット」「サイボーグ」の一語だけとした。地域面は、収録開始時期がさまざまであるため、収集の対象から除いている。また、新聞記事数の調査や記事内容の収集は二〇二〇年六月三〇日に行った。二〇二〇年の新聞記事数については一月から六月までの六ヵ月分の記事数を二倍にして一二ヵ月分として計算している。
 
AIの新聞記事数の変化
 図1─1は、artificial intelligence という語が生まれた一九五六年以降のAIに関する新聞記事の数を一年ごとにまとめ、そのうえに主な出来事を記したものである。図1─1を見れば明確な通り、日本の社会的風潮としては第一次ブームは起きていない。AIに関する新聞記事はほとんど見当たらない。一九五六年は、第二次世界大戦終了から一〇年あまりが経ち、日本国有鉄道による大量雇用や新円切替、GHQの五大改革、朝鮮戦争の特需、傾斜生産方式などによって経済がようやく活性化しつつあった時期である。経済企画庁の『経済白書』で「もはや戦後ではない」と書かれ、その言葉が人々に知られたときだった。また、家電の「三種の神器」である白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫が普及し始めた頃であった。少し前までは洗濯板で衣服を洗濯していた時期であり、普及しはじめた洗濯機にも脱水機能はなかった。そうした時期にAIのイメージは一般に想像されることは難しかったに違いない。もちろん、一九五六年以降にもAI技術の開発は進んでいた。たとえば、ゴールに向かって迷路を探索するような計算を行うアルゴリズムも実装され、ゲーム・プレイに応用された。そればかりでなく、アメリカのフランク・ローゼンブラット(Frank Rosenblatt)によってニューロンの働きを模したパーセプトロンが一九五八年に開発され、この技術が第三次ブームの火つけ役ともいえるディープラーニングにつながっている。しかしながら日本の社会に広く認知されていたわけではない。
 一九六〇年代・一九七〇年代も同じ状況が続く。一九六〇年代は、手塚治虫の『鉄腕アトム』がテレビ放映されていた時期であり高視聴率を記録した。とはいえ新聞記事では、アトム=ロボットという図式が形づくられているものの、その図式が前面に出ていることは少ない。「人工知能」という語は使われておらず、むしろアニメーション隆盛の流れのなかで取り上げられることが目立つ[4]。松原仁のように、子供の頃に『鉄腕アトム』を観てAI開発に進んだ研究者もいることはよく知られている。子供心には鉄腕アトムがAI・ロボットに直結していたのかもしれない。けれども、そうした表象が社会全体で抱かれていたわけではない。また、一九六八年にはスタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)が監督を務めた『二〇〇一年宇宙の旅』が日米で公開された。ただし『二〇〇一年宇宙の旅』のAIに言及している記事は少なく、たとえば坂井利之が一九六八年に書いた「コンピュータの嘆きと誇り」などが見てとれるほどである[5]。ちなみにこの坂井の記事には「人工知能」の語は使われていない。一九六〇年代後半は、第一次ブームの研究成果として、コンピュータ上で積み木の世界をシミュレーションしてそのなかでの動きを英語で命令・応答できるSHRDLU が注目を集めた一方で、AIの限界が鮮明になった時期であった。自然言語処理の機械翻訳の質がきわめて悪いという報告がなされ、マービン・ミンスキー(Marvin Minsky)やシーモア・パパート(Seymour Papert)は単純パーセプトロンで排他的論理和を用いた演算ができないことを指摘した。さらにマッカーシーやパトリック・ジョン・ヘイズ(Patrick John Hayes)がAI開発の難題としてフレーム問題があることを示した。
 もともとAIに対するイメージが醸成されていなかったためか、こうしたトピックについても新聞記事に取り上げられていない。一九七〇年代は、産業用ロボットが日本で普及した時期であるが、AIと関連づけた言明は少ない。たとえ新聞記事でAIを取り上げたとしても読者がついてこなかっただろう。
 こうした事態が変わるのは一九八〇年代半ばを待たなければならない。一九八〇年代半ばになって、ようやくAIを扱う記事が増えていく。いわゆる第二次ブームである。『AI事典』(第二版)によれば、一九八〇年代のAIブームは「一九八四年ごろに始まり一九八〇年代の後半まで続」(橋田、2003:9)いたとされている。第二次ブームは、新聞記事数においてはっきりと確認される。一九八〇年代半ばに新聞記事数が増えており、なかでも『日本経済新聞』の記事数が顕著に増加している。
 一九八〇年代は、データベースに専門知識を蓄積し論理操作を経ることで的確な回答を示すエキスパート・システムが脚光を浴び、年金相談や相続相談などの資産運用、医療診断、機器の故障診断、窓口業務、弁護士業務に活用することが期待された。また同じ頃、日本の第五世代コンピュータ・プロジェクトが世界の注目を集めていた。第五世代コンピュータ・プロジェクトは、通商産業省(現・経済産業省)が日本を技術立国とするべく国家の威信をかけて進めた国家プロジェクトであり日本独自の科学技術を開発しようとした。一九八二年にその中心的組織であるICOT(新世代コンピュータ技術開発機構)が設立されている。コンピュータの第一世代から第四世代までの素子の変化とは違い、論理型プログラミングで並列処理する非ノイマン型コンピュータを作り、人が使いやすいAIの開発を目指していた[6]。それが第五世代コンピュータである。
 嘉幡久敬(2017)は、第二次ブームのときの第五世代コンピュータに関する報道を考察し、そのプロジェクトの責任者である渕一博と通商産業省・マスメディアとの間でプロジェクトの目標をめぐって隔たりがあったことを指摘している。プロジェクトを率いた渕一博は、述語論理型言語に基づく並列推論マシンの開発を目標にしていたのに対して、通商産業省やマスメディアは、目・耳・口をもち人間のように思考するコンピュータを目標にしていると述べていた。通商産業省は予算獲得のために誇大な表現を行い、マスメディアは官僚の言葉を鵜吞みにして、また読者にわかりやすく伝える工夫も合わさって、人間のようなコンピュータが開発されていることを大きく強調した。
 一九八〇年代半ばは、日本でAIが社会的に認知されていったはじめての時期であるが、この頃は、すでに最先端のコンピュータ技術を求める気運が醸成されていた。すでに一九八〇年前後には半導体メモリの分野で日本は世界市場を席巻する製品を作っており、そうした実績がAI開発への自信を支え、また社会的に話題になる素地を整えていたのだろう。図1─1に示されているように、いずれの新聞も一九八〇年代半ばに記事数が増加している。特に『日本経済新聞』の記事数が多い。コンピュータ業界以外の社会的背景としては一九八〇年代に日本の経済が勢いを増していたことが指摘できる。たとえば株価は急上昇を見せている。日経平均株価は一九八四年に一万円を上回ると、NTT株の売り出しやプラザ合意を経て、一九八九年には史上最高値三万八九一五円を記録している。そうした好景気によって、最先端のコンピュータ技術としてのAIを語る気運が高まっていたと考えられる。研究の領域では、一九八六年に人工知能学会が発足し、日本でも学術的にAIを議論する場が形成された。なお一九八〇年代のブームに先駆けて、福島邦彦により一九七九年にネオコグニトロンが発表され、第二次ブームのさなかの一九八六年にはデビッド・ラメルハート(David E. Rumelhart)によって誤差逆伝播法も提案された。これらは、現在ディープラーニングの基礎技術と位置づけられている。
 第二次ブームは一九八〇年代末に終わりを告げる。一九八九年あたりから記事数が減りはじめ、二〇一二年まで記事数が少ない状況が続く。新聞記事数は一九九〇年代から二〇〇〇年代の間にかけて少ないが、AIに関することで話題性のある出来事がまったくなかったわけではない。一九九七年にIBMのコンピュータDeep Blueがチェスで世界チャンピオンに勝ち、一九九九年にソニーから犬型ロボットAIBOが発売された。二〇〇一年には映画『A. I.』が公開され、二〇〇三年は物語のなかでアトムが誕生する年とされていた。また、二〇〇四年には映画『アイ、ロボット』が公開されている。ほかにはロボカップの大会も盛んになっていった。新世紀の幕開けに伴う期待感も相まって記事数は増えている。ただし、その増加は微増といえるものにすぎない。このおよそ二〇年間、日本は「失われた二〇年」と呼ばれる経済停滞期である。AIが特段注目を集めることはなかった期間であるが、パソコンやインターネット、ケータイなどのコンピュータ技術は日常生活に広く深く浸透し、一般の人々にとってきわめて身近なものになった。
 大きく趨勢が変わり再び記事数が本格的に増えはじめるのは二〇一四年であり、それ以降は急激な勢いで新聞記事数が増加している。第三次ブームが明確に見てとれる。新聞記事数は、第二次ブームよりもはるかに多い。PCやインターネット、ケータイ、スマホが日常生活に欠かせなくなり、一九八〇年代よりもコンピュータが遍在化し高性能になっている。クラウド・コンピューティングやビッグデータの活用もある。身近なサーチエンジンや画像認識、音声認識、翻訳にもすでにAIが入っており誰でも体感しやすい。こうしたコンピュータ環境が社会的期待を作り上げているのだろう。第三次ブームのほうがはるかに社会的関心を集めている。二〇一〇年代は、第二次ブームと違い、経済状況が混迷を呈しており好景気に呼応したものではない。ただし、高性能化するコンピュータ技術と日々触れ合っているなかで、AIを想像する感覚が培われてきたことは想像に難くない。
 あまりにも報道が溢れかえっているためか、AIに関する記事数は二〇一九年以降、減少に転じている。それでも以前に比べて新聞記事数はまだまだ多い。
 
ロボットの新聞記事数の変化
 次にロボットに関する新聞記事の推移を取り上げる(図1─2)。前述したようにロボットという語は、一九二〇年に造られたが、それ以前の記事であっても後年になってロボットというキーワードが振られた記事が二件抽出されている。「機械製の人間ベルリンで公開のロボット、歩行、自転車乗りから名前も書く」『読売新聞』(一九〇六年四月二九日)および「海外最新知識人の働きをする機械▽毒ガスを防ぐ血清」『読売新聞』(一九一七年一二月二一日)の二件である。当然のことながら、ロボットという語が造られる前であるため、これらの記事の文面自体にはロボットという語は使われていない。一九〇六年四月二九日の記事にはタイトルにロボットという語が入っているように見受けられるが、当時の新聞記事自体には見出しがなくこのタイトルは後になってから付与されたものである。チャペックの『R. U. R』は、『東京朝日新聞』で一九二三年にはじめて新聞紙上で紹介されている。
 全体的な傾向としては、一九七〇年代まではロボットという語が新聞紙上で前面に出ていることは少ないことが見てとれる。一九二四年にチャペックの戯曲『R. U. R.』が「人造人間」と銘打って日本で上演され、一九二八年には西村真琴が東洋初のロボット「学天則」を製作している。井上晴樹が指摘するように、第二次世界大戦が終わるまでにもロボットに対してさまざまな想像や期待が寄せられた(井上、1993;2007)。英米のロボットや映画『メトロポリス』(一九二七年)などが話題となり、井上によると「一九三一年を頂点とする日本最初のロボット・ブームの盛り上がり」(井上、2007: 5)があった。たしかに新聞記事は一九三一年に『読売新聞』が二一件、『朝日新聞』が八件抽出されている。けれども新聞記事数でみるかぎり、本格的なブームが沸き起こったとはいえない。また、一九五〇年にアイザック・アシモフ(Isaac Asimov)の小説『われはロボット』が刊行され、一九五〇年代から六〇年代にかけてはロボットが登場する漫画として代表例に挙げられる『鉄腕アトム』『鉄人28号』が出されアニメ化されている。一九七七年には映画『スターウォーズ』に「C─3PO」「R2─D2」という人気の出たロボットが登場している。にもかかわらず、ロボットの記事数は大きく伸びてはいない。一九八〇年代になってようやくロボットに関する記事が増加し、ロボットが着実に社会に根づいてきていることが読み取れる。一九八〇年は、ロボットが普及しはじめた「ロボット元年」と呼ばれ、産業用ロボットが工場を中心に導入された。一九八三年には日本ロボット学会が設立されている。サブカルチャーとしては、一九八〇年から『週刊少年ジャンプ』で連載された『Dr.スランプ』のアラレちゃんが人気を集め、一九八四年には映画『ターミネーター』が公開されている。
 三紙のなかでは『読売新聞』『朝日新聞』の記事数がほぼ同じような推移をたどっている。一九八〇年を過ぎた頃から記事数が増えはじめ、二〇〇五年に最初のピークを迎える。その後、落ち着きを見せはじめるが再び第三次AIブームに呼応して増加している。対して『日本経済新聞』の記事数は、これら二紙とは違った変化を見せている。一九八二年に記事数が急に増加している。この一九八〇年代前半の記事数の伸びは産業用ロボットが注目を集めたからである。産業用ロボットは、いうまでもなく経済・経営に深く関連することであるため、『日本経済新聞』だけが顕著な増加を示した。けれども、一九八〇年代前半から三〇年ほどは三〇〇件前後で安定している。再び記事数が増えるのは、ほかの二紙と同じく第三次AIブームの時期に入ってからである。二〇一四年以降の記事数の増加は、AIブームと連動している。二〇一九年以降は、AIの記事数の変化と呼応するかのようにロボットの記事数も減ってきている。
 
サイボーグの新聞記事数の変化
 序章の最初で述べたようにサイボーグという語は、一九六〇年に生物と機械との混交体を言い表すために造り出された言葉である。ソ連の宇宙開発に対する対抗心や焦燥感がアメリカのなかで漂っていた頃、それでもまだ有人宇宙飛行が実現していないときに生まれた。サイボーグなる存在は、人類が宇宙空間で生きていくため、人間がマシンと一体化し、マシンにより体温や水分を一定に維持して脳が萎縮しないように身体を調節する。栄養分も、パイプで直接胃や血管に送り込む。サイボーグは、そうした想像ともに生まれた語である。数年後の一九六四年から漫画『サイボーグ009』(石ノ森章太郎)が発表されはじめ、一九八七年には映画『ロボコップ』がヒットした。一九九一年、漫画『攻殻機動隊』(士郎正宗)が発表されて、それが後に押井守監督によってアニメ化されて話題になった。これらは、いずれも主人公たちがサイボーグ化された作品である。近年、脳に電子機器を埋め込む事業で起業する例が出てきているが、それらが新聞紙上で取り上げられているわけではない。
 サイボーグに関する記事数の特徴としては、AIやロボットよりも、はるかに新聞紙上での言明が少ないことが挙げられる(図1─3)。一九八〇年代後半から記事数が多少増えているようにも見えるが、もっとも多い年で『朝日新聞』の年間二二件である。一ヶ月に二回ほど取り上げられているにすぎない。また、AIの第三次ブームの時期になってもそれほどサイボーグについて言及があるわけではなく、いまだ大きな社会的注目を集めているとはいい難い。本来の意味、つまり実際の人間と機械とのハイブリッドを指す言葉として使われていることもあるが、漫画やアニメ、映画等のフィクションの作品に関する言明が大部分を占める。このほか、自動車やチームの名前になったり競走馬の名前になったり、スポーツ選手の人間離れした様子を表現する語としても使われている。
っっっっっっっっっっs 三紙の比較でいえば、AIやロボットについては『日本経済新聞』で扱われる記事数が多かったが、サイボーグではそうなっておらず『日本経済新聞』の記事数がもっとも少ない。経済・経営への影響がはっきりとイメージできないため、また実用的な技術の開発にもまだ時間が要されることから、『日本経済新聞』で取り上げられることが少なくなっている。
(本文つづく。図と注は省略しました。pdfファイルでご覧ください)
 
 
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