夢をかなえるための『アントレプレナーシップ』入門
⑪不思議の国の起業活動:「日本」

About the Author: 高橋徳行

たかはし・のりゆき  1956年北海道生まれ。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。1998年バブソン大学経営大学院(MBA)修了。2003年より武蔵大学経済学部教授。2015年より同大学経済学部長(2017年まで)。2022年より同大学学長。主著は、『起業学の基礎』(勁草書房)、『アントレプレナーシップ入門』(共著、有斐閣)などがあり、訳書としては『アントレプレナーシップ』(共訳、日経BP社)などがある。日本ベンチャー学会清成忠男賞審査委員長、日本中小企業学会幹事、企業家研究フォーラム理事、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダーなどを兼任。
Published On: 2021/3/31By

 
日本では海外の先進国に比べて起業活動の水準が低いと言われています。しかしこの指摘は本当のことでしょうか。また日本での起業活動は諸外国と比べてどこが違うのでしょうか。今回は日本の起業活動を「起業態度有り」と「起業態度無し」の観点から考察します。[編集部]
 
 
 この連載では、第1回と第2回は連載全体のイントロダクションという位置付けで展開し、第3回から第10回までは、さまざまなタイプの起業家を紹介しました。起業活動は、客観的な外部環境に影響されながらも、きわめて主観的な活動です。同じ事業機会を実現する場合も、一人ひとりのアントレプレナーは決して同じ道を歩みません。ここが、自然科学と異なるところです。しかし、複数以上の起業活動を貫く共通性などは全くないのかと言われると、これも答えはノーです。連載の後半では、起業活動全体を俯瞰するようなデータや起業活動の多くに共通する現象、それを説明するためのフレームワークなどを中心にお話を進めます。
 
低いけれど高い
 
 連載の第1回でも触れましたが、今回は、日本の起業活動の特徴を中心に見ていきます。
 
 第1は、低いけれど高い、ことです。これは、図表1と図表2をセットでご覧ください。図表1は、成人人口100人の中で、起業活動をしている人が何人いるかを示す指標である総合起業活動指数(Total Entrepreneurial Activities: TEA)[注1] の推移を見たものですが、ここからは、2003年以降、日本の起業活動の水準は常に先進国グループを下回っていることがわかります。
 
 次に、図表2をみると、指標は同じTEAですが、今度は、日本が先進国グループを2006年以降は常に上回っています。図表1と図表2の違いは、図表1は成人人口全体が分母ですが、図表2は成人人口の中の「起業態度有り」グループが分母ということです。「起業態度有り」と「起業態度無し」の詳しい定義は注に示しましたが、ここでは「起業活動を身近なものと意識しているか否か」の違いと考えて下さい[注2]。
 
 つまり、親戚に起業した人がいたり、起業するチャンスが身の回りに存在していると思っていたり、起業に必要な知識や情報を所得しようとしていたり集めていたりする人を分母に取ると、日本の起業活動の水準は先進国グループをかなり上回ります。
 
 また、この特徴に付随していることですが、図表2の日本のグラフをよく見ると、2011年くらいまではかなりの勢いで上昇していますが、その後は一進一退が続いています。このことは、1999年に行われた中小企業基本法の改正の効果とその限界に関わることです。すなわち、1999年の中小企業基本法によって、これから起業する人たちが支援の対象に含まれ、日本政策金融公庫では起業予定者に無担保・無保証で融資をする制度などが整備されたのです。
 
 そのため、起業態度を有している人たちは、積極的に新しい制度を利用して起業できるようになりました。しかし、「起業態度有り」のグループのTEAもやがて限界に近づきます。その結果、日本全体のTEAも頭打ちになりました。
 

図表1 日本と先進国のTEA(総合起業活動指数)の推移(分母が調査対象全体)

注:ここでの先進国とは、2014 年のGEM 調査実施の段階で、イノベーション主導型経済に分類されていた次の国を指している.すなわち米国、ギリシャ、オランダ、ベルギー、フランス、スペイン、イタリア、スイス、オーストリア、英国、デンマーク、スウェーデン、ノルウェイ、ドイツ、オーストラリア、韓国、カナダ、ポルトガル、アイルランド、アイスランド、フィンランド、スロベニア、チェコ、プエルトリコ、香港、トリニダード・トバゴ、台湾、アラブ首長国連邦、イスラエルの31 か国であり、サンプル総数は1,599,395である。また、日本のサンプル総数は37,534である。
資料:グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)調査の各年個票データを筆者が加工して作成した。

 

図表2 日本と先進国のTEA(総合起業活動水準)の推移(分母は「起業態度有り」グループ)

資料:図表1に同じ。

 
起業態度を有しない人が約7割
 
 第2は、起業態度を有していない人、つまり「起業態度無し」のグループが全体の7割以上を占めていることです(図表3)。この7割という数字が、なぜ注目すべき水準なのかは先進国グループの平均と比べるとよくわかります。
 
 また、少し乱暴な図ですが、31か国の先進国グループを一本のグラフではなく、国ごとの31本のグラフで表すと、すべての年度で日本と同じ水準に達した国は1つもないことがわかります(図表4)。
 

図表3 日本と先進国の「起業態度無し」の割合の推移①(分母は調査対象全体)

資料:図表1に同じ。

 

図表4 日本と先進国の「起業態度無し」の割合の推移②(分母は調査対象全体)

注:すべての国が毎年GEMに参加していないので、連続していない国が多数ある。
資料:図表1に同じ。

 
起業家というキャリアが評価されない
 
 第3は、起業家というキャリアが評価されていないことです。これは、「日本では、多くの人たちは、新しいビジネスを始めることが望ましい職業の選択であると考えている」という問いに対して「いいえ」と回答した割合です。「あなた」がどう思うかではなく、「あなたの国の人が」どう思うかを尋ねているところに注意が必要です(図表5)。また、一見すると、図表3と形が似ているので同じ図表の掲載ミスと思われる人がいるかもしれませんが、決してそのようなことはありません。
 
 さらに、起業活動の有無別にみると、面白い傾向が見て取れます。起業活動を実際に行っている人自身の中で「起業家というキャリアを評価する」割合が減少しています(図表6)。これも日本特有の傾向の1つです。
 

図表5 日本と先進国の「起業家というキャリアを評価する」割合の推移(分母は調査対象全体)

資料:図表1に同じ。

 

図表6 起業活動の有無別にみた「起業家というキャリアを評価する」割合の推移(日本)

資料:図表1に同じ。

 
問題は「起業態度有り」グループが小さいこと
 
 国の起業活動の水準は、「起業態度有り」グループのTEAと「起業態度無し」グループのTEAで決まります(図表7)。
 

図表7 国全体の起業活動水準の決定要因

資料:筆者作成。

 
 しかし、全体に占める「起業態度無し」グループのTEAのウエートは少ない。ですから、やや乱暴な言い方をすれば、ある国の起業活動の水準は、①「起業態度有り」グループの大きさと、②「起業態度有り」グループのTEAという2つの要因でされます[注3]。
 
 そのことを確認したものが図表8と図表9です。この2つの図は、日本と先進国グループで、それぞれ、「起業態度有り」グループのTEAと「起業態度無し」グループのTEAが国全体にどのような影響力を持っているか、つまり国全体のTEAの決定割合を示しています。これを見ても、国のTEAの水準は、「起業態度有り」のグループによって決定され、すなわり、①「起業態度有り」グループの大きさと、②「起業態度有り」グループのTEAという2つの要因で決まることがわかると思います。
 
 以上のことを念頭に今までの議論を整理すると次のようになります。
 
① 日本の「起業態度有り」グループのTEAは2000年代に順調に上昇した
② しかしながら、2010年代に入って伸び並み始め、それが日本全体の起業活動の伸び悩みにつながっている。
③ この間、「起業態度有り」グループの大きさはほとんど変化していない
④ 日本の起業活動を活発化するには、この「起業態度有り」グループを大きくすることが重要である。
 
 また、「日本人の多くは起業家というキャリアを評価していない」とするものが多いことも、根本的なところでは、「起業態度有り」グループが小さいこととつながっていると思われます。
 

図表8 起業活動水準の決定割合(日本)

資料:図表1に同じ。

 

図表9 起業活動水準の決定割合(先進国グループ)

資料:図表1に同じ。

 
欠落していた政策の視点
 
 しかしながら、日本の創業支援政策の流れをみると、「起業態度無し」のグループに働きかける政策が始まったのは、2018年の産業競争力強化法以降のことです。具体的には、2020年12月末現在、創業機運醸成事業として、186の市町村が取り組んでいるところであり、成果はまだ見えていません。
 
 創業支援策は、図表10のように広がってきましたが、起業態度無しの割合が日本ほど高い国はないために他国の事例がなかったこと、政策対象を特定しにくいこと、そもそも起業態度の有無別の統計やデータがなかったこともあり、実施時期が数年前までずれこんだといえるでしょう。
 

図表10 日本の創業支援策の流れ

資料:筆者作成。

 
 日本の特異な環境のもとで、より多くの人たちに起業活動に興味を持ってもらうためにはどのような構成が良いのかを考え、その結果の1つが、さまざまな起業活動の実態を知ってもらうことでした。このことは連載の第3回から第10回の内容に反映させました。
 
 そして、後半では、不確実な社会で生きるための知恵として、アントレプレナーシップを方法論的に捉え直してみたいと考えています。仮に事業やビジネスに興味がなくても、私たちは先の見通せない世の中を生きていかなければなりません。起業活動の多くに共通する現象、それを説明するためのフレームワークを事業やビジネスを超えて応用できるということが伝われば、その結果、起業活動に興味を抱く人が増えるのではないかと期待しています。
 
[注]
1)TEAについては次の2つに当てはまる人の合計が100人当たり何人いるかで捉えている。1つは、①独立型もしくは社内ベンチャーであるかを問わず、現在、新しいビジネスを始めようとしていること、②過去12カ月以内に、新しいビジネスを始めるための具体的な活動を行っていること、③少なくともビジネスの所有権の一部を所有しようとしていること、④3カ月以上にわたり、何らかの給与・報酬の支払いを受けていないこと。もう1つは、①現在、自営業、会社のオーナーや共同経営者として経営に関与していること、②少なくともビジネスの所有権の一部を所有していること、③3カ月以上にわたり、何らかの給与・報酬の支払いを受けていること、④ただし、給与・報酬の支払い期間が42カ月以上経過していないこと。以上の定義からわかるように、起業活動にフルタイムで従事しているか、もしくはパートタイムで従事しているか、そして独立型か社内ベンチャーかも関係ない。
2)GEMでは、次の3つの指標を起業態度に関する指数としているが、この3つの質問に対して、1つでも「はい」と回答したものを「起業態度有り」とし、1つも「はい」がないものを「起業態度無し」としている。

ロールモデル指数:「過去2年以内に新たにビジネスを始めた人を個人的に知っているか」という質問に「はい」と回答した人数を成人人口100人当たりの人数で示したもの。起業家との距離の近さやロールモデルの存在の有無を表す指標と考えられる。

事業機会認識指数:「今後6カ月以内に、自分が住む地域に起業に有利なチャンスが訪れると思うか」という質問に「はい」と回答した人数を成人人口100人当たりの人数で示したもの。新しい事業機会にどれだけ目を配らせているかを表す指標と考えられる。

知識・能力・経験指数:「新しいビジネスを始めるために必要な知識・能力・経験を持っているか」という質問に「はい」と回答した人数を成人人口100人当たりの人数で示したもの。事業を始めるために必要な知識・能力・経験を有しているかを表す指標と考えられる。

3)一般成人は2通りに分かれ、起業態度有りのグループと起業態度無しのグループに分けられる。そして,起業態度有りのグループは,さらに起業活動を始めるものと始めないものに分かれる。同様に、起業態度無しのグループも起業活動を始めるものと始めないものに分かれる。つまり、1 国の一般成人のうち、起業態度を有する割合をa、起業態度を有するものからの起業化率をb(TEAに相当)、起業態度が無いものからのの起業化率(TEAに相当)をcとすると、1国の起業活動水準f(a, b, c)は次の式で示される。

起業活動水準の決定モデル f(a, b, c)=(a*b)+(1−a)*c

a,b,cが実際にどのように推移したのかをみたものが次の表である。この表から、(a*b)(起業態度有りの全体のTEAに対する貢献度)と(1−a)*c(起業態度無しの全体のTEAに対する貢献度)を計算できるので、本文中の図表8と図表9が導かれる。
 

 


 
》》》バックナンバー
①日本は起業が難しい国なのか
②起業活動のスペクトラム
③「プロセス」に焦点を当てる
④良いものは普及するか
⑤Learning by doing
⑥連続起業家
⑦学生起業家
⑧社会起業家
⑨主婦からの起業
⑩ビジネスの世界だけではない
⑪不思議の国の企業活動:「日本」

About the Author: 高橋徳行

たかはし・のりゆき  1956年北海道生まれ。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。1998年バブソン大学経営大学院(MBA)修了。2003年より武蔵大学経済学部教授。2015年より同大学経済学部長(2017年まで)。2022年より同大学学長。主著は、『起業学の基礎』(勁草書房)、『アントレプレナーシップ入門』(共著、有斐閣)などがあり、訳書としては『アントレプレナーシップ』(共訳、日経BP社)などがある。日本ベンチャー学会清成忠男賞審査委員長、日本中小企業学会幹事、企業家研究フォーラム理事、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダーなどを兼任。
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