起業家が生き残るための条件は何でしょうか。今回は、起業家が市場で競争する相手といかに競い合い成功を手に入れるのか、その過程を観察します。また起業家が獲得した「強み」とはどういうものだったか、紹介します。[編集部]
第15回の連載では、行動力をテーマに起業家が創業した後に生き残るための条件を考えました。行動力が必要とされる理由は、第1にはそもそもメンバーが少ないので起業家が動くしかない、第2には起業家自身が前面に出ないと誰も信じてくれない、そして第3には行動しないと学べないからと述べました。今回も起業後に生き残るための条件がテーマですが、競争戦略論の視点から整理します。起業家は、未開拓の市場に挑戦します。成功することは嬉しいのですが、需要があるとわかった市場には競争相手が参入してきます。その新たな競争相手といかに戦うのかがテーマになります。
起業後の生存率
まず起業した後、どのくらいの企業が生存しているのかをみてみましょう。実際のところ、起業した企業数も消滅する企業数も正確に把握できないので、分母が「誕生した企業数」、分子が「誕生した企業数-消滅した企業数」によって計算される生存率も、正確さに限界があることを前提に読み進めて下さい。
図表1は、データはやや古く、工業関連業種に限定されたデータですが、個人事業主として創業した企業が1年後、2年後、……にどのくらい生存しているかを示したものです。これを見ると、5年後には100企業中30.2企業のみが残っており、約7割にあたる69.8社が消滅していることになります。
一方、日本政策金融公庫総合研究所が行った調査では、5年後の生存率(2011年末を基準年として2015年末時点での生存率)は89.2%です。これは、日本政策金融公庫が対象としたサンプルはが同公庫が融資を行った企業に限定されていることよると思われます。
いずれにしても、創業した企業すべてが生存することはなく、日本政策金融公庫の調査でも人間の生存率と比べるとはるかに低い生存率です。
消滅する理由はさまざまですが、第2回連載で使った図表を見ながら整理すると次のようになります(図表2)。
第1は、提供する商品やサービスに需要がない時です。これは「①財・サービスと市場との整合性の新たな可能性の認識」にかかるところであり、ある意味、わかりやすいです。
第2は、原材料の調達ができなかったり、品質が安定した商品が生産・製造できなかったり、周知活動がうまくいかなかったりという、「②供給システムの構築(企業の諸活動のデザイン・組み合わせ)」に関係するものです。提供する商品やサービスに一定の需要があるにもかかわらず、原材料が手に入らないために商品やサービスを届けられないのは非常に残念なことです。しかし、昨今の半導体不足に限らず、水産物や農産物の仕入れが思うに任せないことは珍しくありません。
第3は、資金不足に陥り事業継続が困難になったり、必要な人材を確保できなくなったりすることによるもので、これは「③諸活動を支える経営資源の調達」に関係しています。
このように、起業活動は意外に複雑な構造となっているので、思わぬところに「落とし穴」あるということは珍しくありません。
最初の成功の後で
今回のテーマは、図表2の中にある「落とし穴」を何とか切り抜け、最初に計画していた事業に成功した後の話になります。
当初の計画がうまくいった後も何か考える必要があるの?
そうです。
残念ながら、当初の成功に安住していられる期間はそれほど長くはありません。
確かに、起業家の商品やサービスには新規性が必要で、新規性が創業当初の競争優位の源泉になります。既存企業とまったく同じ商品やサービスであれば、価格競争力や顧客獲得コストの面で不利な立場に追いやられてしまう起業家にとって、未開拓の魅力的なポジションをいかに見つけるかということは最重要課題です。
しかし、そのようなポジションを発見できたとしても、いつまでも安泰というわけにはいきません。そのポジションが魅力的であればあるほど、多くの競争相手を呼び込むことになります。起業家は有効性の確認されていない市場を開拓した後、今度は市場での優位な立場を守り続けなければ、自ら開拓した市場で苦戦を強いられます。
それでは、優位な立場を守り続けるとは具体的にはどのようなことをいっているのかを考えましょう。
日本駐車場開発の事例
例えば、1991年に創業した日本駐車場開発(2021年7月期:年商237億円)は、もともと生命保険会社などが所有するビルなどに設置された来客用駐車場の有効活用(空きスペースの収益化)から事業をスタートしています。
余っている駐車場スペースを一括して借り受け、時間貸しや月単位で再貸出するというものです。ある意味、アイデアビジネス的な要素も多く含まれていました。もし、この形態のビジネスだけを継続していたら、同社はどうなっていたでしょうか。おそらく、同業他社の参入によって競争環境が厳しくなり収益力も低下し、廃業に追い込まれたかもしれません。
しかし、同社は、余っている駐車場スペースを貸すのは嫌だが、駐車場スペース全体の管理を任せたいという顧客に対しては駐車場管理を行うようになり、また管理もいらない、コンサルタントだけをしてほしいという顧客には経営アドバイスに徹するなど、駐車場周辺のさまざまな仕事を引き受けるようになりました(図表3)。
そうなると、いつの間にか、同社が関わる駐車場の数が増え、今度は(関わっている駐車場の)数が武器になります。数がまとまらないと事業展開が難しい空き駐車場検索サービスやカーシェアリング事業が同社の事業に加わるようになりました。
さらに、最近は、スキー場やテーマパークの駐車場管理を行う過程で、スキー場経営やテーマパーク経営までも行い(多くの客が来ると駐車場の売上も増えます)、その延長線上でスキー場などでは、人工降雪機まで所有するに至っています。
このように、創業当初の「強み」を強化して資産化して、その資産から新たな事業展開をしたり、新たな「強み」を構築したりすることが、「強み」を守り育てることによる生き残り戦略です(図表4)。
トレジャー・ファクトリーの事例
他にも、1995年に設立された株式会社トレジャー・ファクトリー(2022年2月期:年商233億円)は、倉庫のようなところに間借りした中古品小売店としてスタートしました。その後、総合リユースショップとして成長を続け、現在は他業態の店舗を合わせるとタイのバンコクの3店舗を含め、226店舗を有するに至っています(図表5)。
同社の最初の「強み」は、とにかく中古品をきれいにして、整然と並べて販売するというものでした。当時は、そのような中古品販売店がなかったので、それだけでも繁盛したのですが、もし「きれいしにて整然と並べる」ことだけで営業を続けていたとすれば、同社もすぐに同業他社の参入によって厳しい経営を迫られたと思います。
しかし、同社の「強み」は、次第に多店舗展開による販売力、仕入力、目利き力などに移っていきます。もちろん、それを支える人材育成能力も「強み」です。
その中で、今度は、引越しを計画している人や終活や生前整理を考えている人からも仕事の依頼が来るようになり、そのために、同社はトレファク引越やRegacyという業態を立上げ、新しい需要に応え始めるようになりました。
それらの事業を支えるものは、同社の販売力や目利き力にあります。使わなくなった荷物を処分する企業やサービスは他にありますが、引き取った荷物を廃棄することしかできない企業と、それらをリユース品として販売できる企業では買取価格が異なります。また、仮に買取価格が同じであっても、環境に優しい企業とそうではない企業の2つがあった場合、環境に優しい企業の方が強いでしょう。
厳しい言い方にはなりますが、このように魅力的なポジションを見つけるだけでは、成功は長続きしません。「強み」を構築、維持、発展させることができないと生き残ることはできないのです。
「強み」とはどのような能力か
「強み」とは、優位なポジションを獲得したり維持したりするために必要な価値のある能力であり、また同時に容易には真似のできないものです。役に立たない能力であれば、模倣が困難でもそもそも真似る意味がなく、簡単に真似をされてしまうようなものであれば、価値があっても競争優位を維持することはできません(図表6)。
第2象限(価値あり、模倣が容易)は、市販されている最新のソフトウェアを積極的に導入するような能力と考えられますが、これらは成功例が出ると、今まで導入に二の足を踏んでいた企業もすぐに導入に踏み切ってしまいます。
また、第3象限(価値なし、模倣が容易)や第4象限(価値なし、模倣が困難)は、マイナスの「能力」であり、発揮すればするほど企業に悪影響を与えてしまうようなものです。
時間や偶然は強い
それでは、どのような「強み」に価値があり、獲得や模倣が困難なのでしょうか。
飲料系自動販売機の設置台数は、2018年12月時点で240万台程度と言われていますが、そのうちの約3割をコカ・コーラボトラーズジャパンホールディングスがおさえており、第2位のサントリー食品インターナショナルの2倍程度の台数を保有しています。これだけのシェアをコカ・コーラが手に入れるまでのプロセスには、製品開発力やマーケティング力などの能力が貢献したのは確かですが、今の時点では、自動販売機の台数そのものが販売力の強さとなっています。しかも、「それでは自動販売機を増やしましょう」と言っても莫大な時間を必要になり、簡単には真似はできません。
千葉県我孫子市に今でも来店したお客のすべてにお茶をふるまう酒販店があります。業界では知らない人がいないほどの企業ですが、このような丁寧なサービスを続けているのです。その理由は、その酒販店の開店当時は1日数名しか来客がなかったからと先代経営者から聞きました。そのようなことが原点にあるので、繁盛店になった今も昔ながらの接客を続けています。
このような偶然の出来事や起業家の個人的な特別な体験が、その後の企業としての能力形成に大きな影響を与えることがあるのです。
失敗から学ぶ力
最後に触れておきたいことは、起業家の失敗から学ぶ力です。これは、必ずしも、魅力的なポジションを守るための能力に限定されるものではなく、新しいポジションを発見する過程にも通じます。
トレジャー・ファクトリーの創業者であり、現在の代表取締役社長である野坂英吾氏も、ある程度まで店舗が拡大した時、経営危機に見舞われたことがあります。企業の成長に人材育成が追い付かなくなったためです。そこで人材育成の重要性を学び、現在に至っています。
ソニーの最初の事業は、ラジオの修理でしたが、製品第1号と呼べるものは、電気炊飯器であり、これはものの見事に失敗しました。
徳島県上勝町で、「葉っぱビジネス」を立ち上げた横石知二氏も、最初は、庭先や山に自生している「菊の花」をそのままパックして出荷し、大失敗をしています。その後、横石氏は自腹で料亭通いをして、大きさをそろえること、傷んでいるものは使わないこと、季節感を大切にすることなどを学び、過疎の町で数億円の産業に育てました。
野球選手のイチローが、打撃に開眼した瞬間が、安打を打ったときではなく、1999年4月11日、オリックス時代のナゴヤドームの西武戦、9回、ボテボテの2塁ゴロを打ったときであることは、野球ファンにとっては有名な逸話です。
起業家は、前例のない、新しいことに挑戦するのですから、失敗するのはむしろ当然です。しかし、ここで失敗から多くのことを学ぶことができる起業家とそうではない起業家に分かれます。
致命傷にならない程度に失敗できる能力、そして失敗から学ぶ能力は、今回の連載で触れた「強み」を獲得する上で、前提となる能力といえるでしょう。
》》》バックナンバー
①日本は起業が難しい国なのか
②起業活動のスペクトラム
③「プロセス」に焦点を当てる
④良いものは普及するか
⑤Learning by doing
⑥連続起業家
⑦学生起業家
⑧社会起業家
⑨主婦からの起業
⑩ビジネスの世界だけではない
⑪不思議の国の企業活動:「日本」
⑫なぜ第一歩を踏み出せないのか
⑬起業後のリスクや不確実性への対応
⑭起業家になるための能力・起業家に求められる能力(1)
⑮起業家になるための能力・起業家に求められる能力(2)
⑯アントレプレナーシップは私たちの世界に何をもたらすのか:起業活動の社会的意義とは何か
⑰アントレプレナーとは誰なのか
⑱市場を生き抜く「強さ」とは何か