あとがきたちよみ
『民主的理性――みんなで決める政治の正しさ(上・下)』
「プロローグ」を公開しました。
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「解題」を公開しました。
プラトンの対話篇の一つに「エウチュプロン」がある。さほど有名な対話篇とは言えないであろう。登場人物はソクラテスとエウチュプロンの二人だけ、エウチュプロンは若い預言者である。扱われているテーマは、敬虔(eusebeia; piety)とは何かであるが、確たる結論にいたることもなく、二人の対話は唐突に終わる。 対話の表面的な流れは、次の通りである。……
アレクシ・ドゥ・トクヴィルは、ノルマンディーの貴族の家系に生まれた。両親はフランス革命時の恐怖政治下で投獄され、ロベスピエールの失脚がなければ処刑されるところであった。父親は王政復古後の体制で各地の県知事(préfet)を歴任した。 トクヴィルは、3人兄弟の三男として1805年に生まれ、パリ大学で法律を学んだ。1827年には、陪席裁判官(juge auditeur)に任命されている。司法官としての彼の経歴は、1830年の7月革命で中断される。 神の摂理により、フランスにおける権威のすべては国王の一身に存すると前文で宣言する1814年憲章に代わって、1830年憲章は、フランス人の王(Roi des Français)は即位に際し、両院合同会議において、憲章の遵守を誓うものとした(65条)。権力の重心は、王から代議院へと移った。 やむなく新体制への忠誠を誓ったトクヴィルは、しかし、自費でアメリカの行刑・監獄制度の視察に赴きたいと上司に願い出た。……
「おわりに」を公開しました。
「あとがき」を公開しました。
アリストテレスの『政治学』は、その第2巻で、プラトンが『国家篇』で展開した理想の国家像を批判している。アリストテレスによれば、プラトンが描いているのは、全市民が子どもも妻も資産もすべてを共有する体制である。 実際に、プラトンが『国家篇』第5巻で描いているのは、「守護者」と呼ばれる国家の支配者層に限っての話であり、しかも、それは普通、「共有」という概念から想定されるような体制ではない。支配者層のメンバーにとっては、どんな物も「自分の物」ではない。どの女性が「自分の妻」ということもなく、どの子どもが「自分の子ども」ということもない。すべてが共有されているというよりは、誰も何も所有していない状態である。……
「訳者あとがき」を公開しました。
ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約論 Du contrat social』は、さまざまな謎を含んでいる。現代人にとっては縁遠い伝統的な諸観念のために生ずる謎であることが、しばしばある。
たとえば、彼の言うloiはしばしば法律と訳される。しかし、現代国家における法律とは全く違うものである。……