ジャーナリズムの道徳的ジレンマ 連載・読み物

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 09〉小切手ジャーナリズムとニュースの値段

11月 22日, 2016 畑仲哲雄

 
 

3:: まとめと解説

相反する考え方がにらみ合う場面を離れ、一歩引いて冷静に見下ろし、この事例をすこし学問的に考察してみたい。
 
 思考実験では、メディア・スクラムなど報道被害の問題にも触れたが、今回は「小切手ジャーナリズム」と呼ばれる問題を軸に検討したい。一般に、小切手ジャーナリズムとは、取材者が情報源に金銭を支払い情報を得て報道すること。
 この手法は、多くの主流メディアで「恥ずべき行為」と蔑まれている。なぜだろう。
 パン屋の例と比べてみよう。餡と小麦粉を仕入れたパン屋が10個のあんパンを作り、生徒が10人いる教室に売りに行ったと仮定しよう。10人が1個ずつ買えば全員に行き渡るが、行列の先頭に立った生徒が3個買い、次の生徒も3個、3番目の生徒が4個買って売り切れた。7人の生徒はあんパンを買えなかった。あんパンは金を払った人にしか行き渡らない商品だから当然だ。
 ニュースの場合はどうか。報道機関もニュースの材料となる材料を必要としていて、記者たちが取材しニュースを作る。ニュースは多くの場合、公共の利害にかかわる内容が含まれ、無料または極めて安価な値段で社会全体に行きわたる。経済学で同時供給・同時消費・非排除性という3条件がそろうものを純粋公共財と呼ぶ。ニュースはそれに準ずるといってよい。
 具体例を示そう。政治経験も軍隊経験もないアメリカの実業家ドナルド・トランプが第45代アメリカ大統領になるという国際ニュースを、わたしたちは日本にいながら、ほぼリアルタイムで、しかもほぼ無料で知ったのは、ジャーナリストたちが「知る権利」を行使して取材したからだ。

取材=原材料の仕入れ? Photo credit: Flооd via VisualHunt.com / CC BY-NC-ND
取材=原材料の仕入れ?
Photo credit: Flооd via VisualHunt.com / CC BY-NC-ND
 ニュースの素となる情報が、情報源とジャーナリストとの間で売買されるようになれば、情報源の側には高く売りたいという欲が出るのは避けられない。オークションのように値段がつり上げられれば、ジャーナリストはじぶんが買った情報を信じる傾向が強まる[1]。単純に考えれば、仕入れ値が高額になれば、商品の値段も高くなる。「公共財」の議論はどこかへ吹き飛び、市場メカニズムが幅を利かせるようになる。
 金銭授受の場面は視聴者・読者には見えない。札ビラで情報源の発言を操作しようとするジャーナリストや、ジャーナリストを騙して金を稼ごうとしたりする人が跋扈すれば、ニュースの価値や判断基準が歪められてしまう危険性がある。アメリカのジャーナリズム専門誌の編集者ライアン・チッタムは、小切手ジャーナリズムを「滑りやすい坂(Slippery Slope)」と断じる[2]。ひとたび滑り落ちると、二度と元いた場所に戻れなくなるという意味だ。
 ただ、小切手ジャーナリズムが、はからずも市民社会に利益をもたらした例は皆無ではない。デービッド・フロストがニクソンの独占インタビューをおこない、ウォーターゲート事件に関する「謝罪」を引き出した例は、映画化されたほど有名だ[3]。イギリス『サンデー・タイムズ』がサリドマイド薬害キャンペーン報道をした際、薬学者から情報を買っていたことも、欧米のジャーナリストたちのあいだで比較的知られている。
 ポイントは、市民社会の利益に寄与すべしという報道目的をジャーナリストが見失わずにいられるかどうかだ(ここでは「市民」とはだれかという問題はひとまずおいておく)。
 ところで、小切手ジャーナリズムに隣接する厄介な問題として有料記者会見がある。「超」が付く有名人や公人を取材するのは容易ではない。大富豪、五輪級のアスリート、映画スター、大物政治家などは、メディアを選別したり、取材料を求めたりするケースもある。そんなときは、「記者会見はだれのものか」「公共性があるか」という原点に立ち返って、参加の可否を考えるべきだろう。
 

4:: 実際の事例

 フロストの事例を、政治ジャーナリズムの観点から「金字塔を打ち立てた」と評価する向きもある[4]。だが彼の目的は、アメリカでは無名のじぶんを売り出すことであり、アメリカ国民に対する元大統領の「謝罪」を引き出すことは、その手段。アメリカでは無名のフロストが、元大統領という超大物と闘うドラマを作った。
 イギリスでは、兵士がメディアの取材に報酬を要求することが禁じられた例がある。2007年、イラン当局に身柄を拘束されていた兵士たちが解放された後、テレビや大衆紙の取材に応じる見返りとして、多額の報酬を得ていたことが報じられた。批判を受けた国防省は兵士に報酬を受け取ることを禁じた[5]。このような、兵士が体験談を売った例はオーストラリアでもたびたび批判されている[6]。
 アメリカでは、1990年代、プロ・フットボールの元スター選手O・J・シンプソン事件が過熱し、関係者に高額の謝礼を払ってコメントをとる異常な取材競争がタブロイド紙にとどまらず横行したとされる。現役大統領ビル・クリントンとの不倫スキャンダルの渦中にあったホワイトハウス実習生モニカ・ルインスキーについて、タブロイド紙などが同種の手法で過熱報道を繰り返した。
 日本では1990年代、オウム真理教幹部の村井秀夫刺殺事件について、TBS報道局のスタッフが暴力団関係者に数十万円を支払って取材していたことが批判されたほか、講談社が麻原彰晃被告の元私選弁護人横山昭二弁護士に約350万円を支払って「供述調書」を“購入”していたことなどが明るみに出た。注目の事件や人物は、メディアを暴走させるスターターとなる。
 「小切手ジャーナリズム」はイギリスの研究者が編んだ『ジャーナリズム用語事典』で解説がなされているが、日本で作られた『現代ジャーナリズム事典』『現代ジャーナリズム』には項目ない。日本で問題視されてきたのは、有料記者会見のほうだ。
 埼玉県本庄市の金融業者がじぶんの経営する飲食店で「有料記者会見」を開き2000万円を荒稼ぎした。毎日新聞浦和支局で取材に当たった犬飼直幸によると、保険金殺人の疑惑がもたれていた八木茂は、取材に訪れた新聞・テレビ・雑誌の記者たちから3000~6000円を徴収し、1999年12月から逮捕されるまでの約8か月間、200回あまり開いた。犬飼も約30回参加した。

殺人疑惑の中心人物に資金を提供するような愚も避けたかった。しかし、いざ逮捕となったとき、どうするか。ここまで騒がれ、公になった疑惑の中心人物。[中略]悩む一方で、会見に出ないと重要な情報を聞き漏らすのでは、という不安があったのも事実だ。[中略]再び同じような場面に出くわしたとき、「私は出ない。応じない」と言い切れるか。記者として「やはり出ざるを得ない」と思っている[7]。

 有料会見に記者を派遣していた朝日新聞東京本社の松本正社会部長(当時)は、金銭を支払ったことは「好ましいことではない」と前置きしたうえで、「当事者側が取材場所など条件を限定したため、やむなく応じることになった。[中略]例外中の例外と考えている」と弁明した[8]。
 結果的に八木の死刑判決は確定したが、有料記者会見を開いていたときは、ただの「怪しい人」で、「例外中の例外」とするだけの公益性や公共性はあったどうかについては、批判もあった。
 政党に対する取材活動が事実上「有料」とされた例もある。2013年8月、当時の大阪市長で日本維新の会共同代表だった橋下徹が、大阪市内で開催する政治資金パーティーの取材を認める条件として、記者にパーティー券(1枚1万5000円)購入を求めた。読売新聞の取材によれば、主要メディアは軒並み「政治資金の提供にあたる」としてパーティー券を買わず取材もしなかった[9]。
 「小切手ジャーナリズム」の延長上の問題として、考えておくべきは、国際スポーツイベントの放送権料をめぐって、「ジャーナリズム」を掲げる各国の巨大メディアが入札競争に参加し[10]、ときに公式スポンサーとして運営の一翼を担っていることである。そこに「報道倫理」が介入する余地は乏しい。
 

5:: 思考の道具箱

 
■小切手ジャーナリズム チェックブック・ジャーナリズムや札束報道主義ともいう。シェフィールド大学のマーク・ハンナによれば、特ダネ情報や話題の人物に対する独占インタビューに対価を支払う習慣は、近代ジャーナリズムが始まったころにさかのぼる。今日、高級紙や主流メディアでは避けられる一方、タブロイド紙や大衆紙でおこなわれている[11]。一般に、ニュース価値は《時宜性》《衝撃性》《近接性》《著名性》《対立や抗争》などが基準とされているが[12]、小切手ジャーナリズムが多くのメディアで常態化すれば、《仕入れ価格》という項目が追記されることになるだろう。
■記者会見 公的機関や企業、要人・著名人などが、一定の場所に複数のジャーナリストを集めて発表したり質疑に応じたりすること。一般的に記者会見は発表者の側が主催するものと解されるが、日本では記者クラブが主催者になることが多い。記者クラブは、外国のジャーナリストやフリーランスのジャーナリストから批判されているが、日本新聞協会は記者クラブが主体的に記者会見を開催することを称揚している。
 
[注]
[1]Kronenwetter, Michael(1988)Journalism Ethics, New York: Franklin Watts.(=1993 渡辺武達訳『ジャーナリズムの倫理』新紀元社)
[2]Ryan Chittum(2012)‘Checkbook Journalism’s Slippery Slope’, Columbia Journalism Review Home Page (Retrieved November 12, 2016, http://www.cjr.org/the_audit/checkbook_journalisms_slippery.php)
[3]ロン・ハワード監督『フロスト×ニクソン(Frost / Nixon)』2008年公開のアメリカ映画。原作ピーター・モーガン。
[4]小林恭子「英司会者のフロスト氏死去(上)どんな人物だったのか」2013年09月03日『小林恭子の英国メディア・ウオッチ』(2016年11月19日取得、http://ukmedia.exblog.jp/20693901/)
[5]BBC ”UK captive ‘felt like a traitor” 9 April 2007, BBC News (2016年11月19日取得、http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6538075.stm)
[6]The Age “Chequebook hostage”, June 21, 2005, theage.com.au, (2016年11月19日取得、http://www.theage.com.au/news/iraq/chequebook-hostage/2005/06/21/1119250935551.html)
[7]毎日新聞2000年4月28日朝刊「[記者の目]埼玉・保険金殺人疑惑『有料会見』」
[8]朝日新聞2000年3月25日朝刊「『夕食前に』風邪薬7000錠 本庄の金融業者ら逮捕」
[9]読売新聞2013年8月31日朝刊「報道10社券購入せず 橋下氏非公開パーティ 『政治資金提供になる』」
[10]「五輪放送権1100億円 東京など4大会分 NHK・民放連が獲得」朝日新聞2014年6月20日朝刊、「五輪放送権料、天井知らず 米向け、6大会7780億円でNBC獲得 契約額の相場に」朝日新聞2014年5月9日朝刊
[11]Hanna, Mark(2005)‘Chequebook Journalism’, Key Concepts in Journalism Studies, London; Thousand Oaks: Sage Publications.(=2009,奥田祥子訳「小切手ジャーナリズム」門奈直樹監訳『ジャーナリズム用語事典』国書刊行会)
[12]藤田博司(2013)「ニュース・バリュー」早稲田大学ジャーナリズム教育研究所『エンサイクロペディア現代ジャーナリズム』早稲田大学出版部
 
[その他参考文献]
織田重明「多額の取材謝礼を払っている? 週刊誌の嘘とホント」2016年3月27日『WEDGE Infinity』(2016年11月19日取得、http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6433)
 
[担当者の財布] 「ネタを買う」という表現もありますが、取材を単に「素材の仕入れ」とすることにはやはり違和感があります。すべてがバーゲニングとなってしまう世界を想像すると薄ら寒い。でも取材者の時間を使うことも事実……。次回は「取材謝礼」という角度から、お金との関係を取り上げます。
 
 
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