掌の美術論 第15回 キュビスムの楽器の奏でかた、キュビスムの葡萄の味わいかた

About the Author: 松井裕美

まつい・ひろみ  東京大学大学院総合文化研究科准教授。博士(美術史)。専攻は、フランスを中心とする近現代美術。著書に『キュビスム芸術史:20世紀西洋美術と新しい<現実>』(名古屋大学出版会、2019年)、翻訳にデイヴィッド・コッティントン『現代アート入門』(名古屋大学出版会、2020年)など。
Published On: 2024/4/25By

 
『掌の美術論――触覚と想像力に』、2026年7月2日発売です。みなさま、どうぞお手にとってください。[編集部]
 
 

キュビスムの楽器の奏でかた、キュビスムの葡萄の味わいかた

 
 
あらま、顔がヴァイオリンに……
 
 この春ヴェルサイユ宮殿で、19世紀に活躍したフランス人画家オラース・ヴェルネの展覧会が開催されていた。ヴェルネは、オリエンタリズムや歴史画を手がけたアカデミズムの画家として語られることの多い画家だ。しかしこの展覧会は、意外にもロマン主義と古典主義をつなぐような革新的潜在性を秘めた画家であったことを示す点で、実に発見の多い企画だった。なかでも興味深かったのが、最後の部屋にひっそりと展示されていた風刺的自画像(図1)である。ここでヴェルネは、60歳を迎えた自己の頭部を、ヴァイオリンに見立てている。
 

図1 オラース・ヴェルネ《ヴェルネ自身によるオラース・ヴェルネ》1850年ごろ、フランス国立図書館
出典:Valérie Bajou (dir.), Horace Vernet (1789-1863), cat. exp., Château de Versailles, 2024, p. 251, Cat. 180

すぐさま思い浮かんだのが、パブロ・ピカソのキュビスム期に登場するパピエ・コレ(新聞紙や壁紙などを切り貼りする技法)だった。ラスパイユ大通のピカソのアトリエの壁を写した、1912年末ごろのある写真には、中央にボール紙で制作したギターのコンストラクション(ニューヨーク近代美術館)がかけられており、その周囲をぐるりとパピエ・コレが取り囲む様子を見ることができる*1。パピエ・コレの多くはギターやボトルをモチーフにした静物画だが、その中には、新聞紙を切り抜いて作られた、ギターのような輪郭を持つ帽子を被った男の肖像も混じっている(類似作としてニューヨーク近代美術館の《帽子を被った男》 を挙げておこう)。ウィリアム・ルービンはこの写真をもとに、ギターのコンストラクションが、さまざまなパピエ・コレのイメージを生み出すある種の「発生器ジェネレーター」(の言葉)の役割を果たしていた、と解釈している。実際にそこで発動しているピカソの想像力には、ギターが人間の顔へと、生物/無生物の分類を超えて変容するような、カリカチュア的ヴィジョンと共通するものがある*2
 
 ヴェルサイユ城の展示室で偶然出会ったヴェルネのカリカチュアには、ギターという原型から頭部を生み出すピカソの、デミウルゴス的創造性と共通するものがあり、驚かされたのである。だが考えてみればカリカチュアという分野自体、何も前衛的な画家の専売特許であったわけではない。つまりは、アカデミックであれ前衛であれ、ヴェルネもピカソも、想像力豊かな画家である、ということなのだろう。
 

 それでもピカソが開始したキュビスムは、ピカソとヴェルネを大きく隔てるような、絵画史上未曾有の実験だった。ヴェルネはカリカチュア的な想像力を私的な素描で密かに花ひらかせるに留めたが、ピカソはそれを、パピエ・コレという新しい絵画ジャンルの創造のために積極的に応用した。切り抜かれた新聞紙が、顔にもヴァイオリンにもなる、ということを、作品の中で問いかけるその行為には、あるイメージから別のイメージへの変容という、カリカチュアにも通じる創造性があるだけではない。それは、ある素材が、視覚だけでなく聴覚や触覚を含む諸感覚において、まったく異なるものとして知覚され得るという現象の面白さを、追求するものだった。
 ↓ ↓ ↓
 
つづきは、単行本『掌の美術論』でごらんください。

 
身体を通して、世界に触れ、世界と戯れ、世界を模倣し、そして世界とずれていく。そのずれの中にこそ、芸術の可能性は宿っている。
 
2026年7月2日発売
松井裕美 著『掌の美術論――触覚と想像力に』

 
四六判上製・352頁 本体価格4000円(税込4400円)
ISBN:978-4-326-85207-9 →[書誌情報]
【内容紹介】遊びが手触りや感覚を頼りに新たなゲームや楽しさを創造し、ときに新しい認識や価値を開いていくように、触覚を軸にした鑑賞の方法を提示する。触覚に関わる美術史を整理したうえでフェミニズムや歴史・記憶と芸術作品の関係など、現代的な問題意識を織り込んだ作品解説を通し、触覚と想像力が拓く遊戯場としての美術史を紡ぎだす。

 
》》》バックナンバー 《一覧》
第1回 緒言
第2回 自己言及的な手
第3回 自由な手
第4回 機械的な手と建設者の手
第5回 時代の眼と美術史家の手――美術史家における触覚の系譜(前編)
第6回 時代の眼と美術史家の手――美術史家における触覚の系譜(後編)
第7回 リーグルの美術論における対象との距離と触覚的平面
第8回 美術史におけるさまざまな触覚論と、ドゥルーズによるその創造的受容(前編)
第9回 美術史におけるさまざまな触覚論と、ドゥルーズによるその創造的受容(後編)
第10回 クールベの絵に触れる――グリーンバーグとフリードの手を媒介して
第11回 セザンヌの絵に触れる――ロバート・モリスを介して(前編)
第12回 セザンヌの絵に触れる――ロバート・モリスを介して(後編)
第13回 握れなかった手
第14回 嘘から懐疑へ――絵画術と化粧術のあわい

About the Author: 松井裕美

まつい・ひろみ  東京大学大学院総合文化研究科准教授。博士(美術史)。専攻は、フランスを中心とする近現代美術。著書に『キュビスム芸術史:20世紀西洋美術と新しい<現実>』(名古屋大学出版会、2019年)、翻訳にデイヴィッド・コッティントン『現代アート入門』(名古屋大学出版会、2020年)など。
Go to Top