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『市民を育てる学校』

 
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佐藤隆之 著
『市民を育てる学校 アメリカ進歩主義教育の実験』

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はしがき
 
 アメリカ進歩主義教育においてはどのようにして市民を育てようとしたのか。この問いは、市民性(シティズンシップ)教育に関する関心の高まりとともに、近年研究が深められてきている。そのような研究と問題意識を共有する本書が注目したのは、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジの附属学校ホーレスマン・スクールという、ニューヨーク市にある私立の進歩主義学校である。
 同校で行われた市民育成の実験の理論的支柱となったのは、キルパトリックのプロジェクト・メソッドであった。その基盤となったデューイの思考論も、実験には反映されている。子どもたちが教師の指導に助けられながら、目的設定– 計画– 実行– 判断という四段階を、主体的かつ協同的に展開できるようにする。それにより、アメリカの民主的な社会を担うにふさわしい、「考える市民」を育てる。折しも第一次世界大戦期から一九一〇年代にかけては、全米に公教育が行き渡ろうとしていた。当時最新の提案に従って、世界大戦という未曾有の出来事に、学校という少なくとも形式上は完成間近であった制度で対応しようとすることは、進歩主義教育の信奉者ならずとも魅力的に映ったと想像する。
 そのような状況においてホーレスマン・スクールでは、キルパトリックやデューイ以外の影響も濃厚に受けながら、市民性教育の黎明期を画するような実験が着手された。その実験は、進歩主義教育の牙城であったティーチャーズ・カレッジの研究者たちから協力を得て、同校の幼稚部から高等部までが関与して行われた。それは、教科の枠を超え、学問領域を超え、学年・学校段階を超え、研究と現場を超え、学校とコミュニティを超えた、総合的な取り組みであった。もちろん市民性教育に力を入れた学校は同校だけではないだろうし、ホーレスマン・スクールも市民性教育だけのために設立された学校ではない。しかし、そのようなユニークな実験に取り組めた学校を、他に探すのは難しいのではないだろうか。
 実験を実際に担った教師たちはいずれも、無名の存在である。本書には多くの教師が登場するが、その名を知っている読者は、一部の研究者に限られるだろう。教師のうちの数名は研究者でもあったが、知る人ぞ知る存在であることに変わりない。ここで取り上げる実験が、研究の対象とされることが少なかった一因はそこにあるだろう。
 本書では、進歩主義教育を源泉とする市民育成の実態に、そのような名もなき教師やそれを支えた研究者たちが一つの学校で行った実験に焦点化することで、その実践の詳細に迫りながら、その背景にある思想にまで考察を深めることをめざした。ホーレスマン・スクールを「市民を育てる学校」と呼びうるとすれば、その学校では、どのような市民を、いかにして育成しようとしたのか。とりわけ同校では主体性を生かした市民の育成がめざされたが、その「主体的市民」とは何を意味したのか。こうした問いについて、当の本人たちもはっきりとは自覚していなかった、それゆえに言葉に残すことが難しかったであろうレベルにまで深めて、解釈しようとしたつもりである。ホーレスマン・スクールにおける市民育成は、事前に入念にプログラムを作成して履行すること以上に、実際に問題が発生してから、その状況において、付随的、事後的に行うプロジェクトを重視している。教師や研究者たちには、その場その場での省察や判断を継続することが求められたため、十分に検討されないまま先に進まなければならなかったり、実験全体に位置づけないとみえにくかったりしたことが残されているのではないか。そのような展望のもと、教師たちが記した実践報告や、その基底にある研究者たちの論考を重ね合わせて読み込む作業を続けてきた。
 そうした問題意識とはまた別に、筆者はキルパトリックのプロジェクト・メソッドの理論形成について検討した著作を書いていたことから、その理論がどう実践に受け入れられたのかということにも関心があった。それを書き終えた当時はまったく別のテーマに取り組みたいと考えており、さらに発展させることなど思いもよらなかった。それから十数年を経て、前著に関連するようなテーマに再び取り組むことになったのは、わがことながら少し驚きである。
 ここで考察したことも、今は気づかないだけで、さらに深めるべき問題や、十分に考察できていない問題などを含んでいるはずである。それについては、読者からの忌憚のない意見や感想をお待ちしたい。今はただこの拙著が、関連する既存の研究に、いささかなりとも新たな知見をくわえられることを願うばかりである。
 
 
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