「憲法学の散歩道」単行本化第3弾! 書き下ろし1編を加えて『思惟と対話と憲法と――憲法学の散歩道3』、2025年10月15日発売です。みなさま、どうぞお手にとってください。[編集部]
ルネ・デカルトは1596年3月31日、トゥレーヌ地方のラ・エ(La Haye)で生まれた*1。この町は現在ではデカルトと呼ばれる。父親のヨアヒムは高等法院付きの法律家で、親類の多くは法律家か医師であった。
デカルトはロワール地方のラ・フレーシュ(La Flèche)に設立されたイエズス会の学校で、寄宿生としてギリシャ語、ラテン語および数学を含む自由学芸を学んだ後*2、ポワティエ大学で法学士号を取得した*3。しかし彼は、法律家の道を歩まず、各地を遍歴して経験を積み、世間を学ぶことを志す。フランスのほか、オランダ、ドイツ、イタリアを遍歴した末に、当時としては比較的平和で思想の自由が認められていたオランダで、孤独で隠れた生活を送ることを選んだデカルトは、『方法叙説』、『省察』、『哲学原理』等の書物を次々に著した。
名声を得たデカルトは、スウェーデンのクリスティナ女王の招聘を受ける。住み慣れたオランダを離れて「熊と岩と氷の国」に赴くべきか、デカルトは逡巡したが、1649年10月にスウェーデンを訪れ、翌年2月11日、肺炎によりストックホルムで死去した。いまわの際のことばは、il faut partirであった*4。
デカルトは、『方法叙説』の第3部で、実生活において依るべき指針をいくつか挙げている*5。自分の国の法律と慣習に従うこと、行動するにあたっては確固として果断であること、外界の秩序を変えようとするよりも自分の欲望を変えることに努めること、そして、世の人々が携わるさまざまな仕事のうち、最善のものを選び出すことである。最後の指針にもとづいて彼は、全生涯をかけて理性を培い、できる限り真理の認識に向けて前進するという仕事を選びとった。
しかし真理を探求する上では、ほんの少しでも疑い得るものはすべて廃棄すべきであり、疑い得ないものとして残ったもののみを受け入れるべきだと、彼は考える*6。この方法にもとづいて思考を進めると、幾何学のもっとも単純な論証についてさえ人は誤りを犯すものであるから幾何学の論証はすべて捨て去り、また、感覚によって認識したものはすべて夢の中のものであり得るため、これもすべて捨て去るべきことになる。
しかしそのすぐ後で、次のことに気がついた。すなわち、このようにすべてを偽と考えようとする間も、そう考えているこのわたしは必然的に何ものか(quelque chose)でなければならない、と。そして「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する(Je pense, donc je suis)」というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども揺るがし得ないほど堅固で確実なのを認め、この真理を、求めていた哲学の第一原理として、ためらうことなく受け入れられる、と判断した*7。
つづきは、単行本『思惟と対話と憲法と』でごらんください。
遠い昔の学説との対話を楽しみつつ、いつしか「自意識」が揺さぶられる世界に迷い込む。憲法学の本道を外れ、気の向くまま杣道へ。
2025年10月15日発売
長谷部恭男 著 『思惟と対話と憲法と』
四六判上製・216頁 本体価格3200円(税込3520円)
ISBN:978-4-326-45147-0 →[書誌情報]
【内容紹介】 書き下ろし1篇を加えて、勁草書房編集部webサイトでの好評連載エッセイ「憲法学の散歩道」の書籍化第3弾。心身の健康を保つ散歩同様、憲法学にも散歩がなにより。デカルト、シュミット、グロティウス、フィリッパ・フット、ソクラテス、マッキンタイア、フッサール、ゲルバー、イェリネク等々を対話相手の道連れにそろそろと。
「憲法学の散歩道」連載第20回までの書籍化第1弾はこちら⇒『神と自然と憲法と』
「憲法学の散歩道」連載第32回までの書籍化第2弾はこちら⇒『理性と歴史と憲法と』
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