虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察
第1回 はじめに(1)フィクションの価値低下のなかでフィクションを問うこと
インターネットに代表されるこの20年の技術の進展は、生活環境を大幅に改変し、これまで以上にわれわれの身の回りは技術に「侵食」されつつあります。そうした状況では、一見するとフィクションが成立しにくくなっているように思われます。はたして、いま、フィクションは必要とされているのでしょうか。必要とされるのであれば、なぜ必要とされるのでしょうか。本連載では、この大きな問いに、SFアニメという軸を設けて深く考えていきます。2010年代の「フィクション論」はじまります。
ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 01〉 最高の写真? 最低の撮影者?
瞬間的な判断を迫られ、基本原則や倫理規定も万能ではない。ジャーナリストが直面する難問を実例から考える。第1回はあの有名な写真をもとに。
めいのレッスン ~南の旅の
――笛がね、聞こえたんだ。 呼び鈴がなって、ドアをあけると、頬のあたりがすこし日焼けしたサイェは、何も言わずにわたしをみつめていた。そして大きな目をゆっくりと閉じ、またゆっくりと開くと、挨拶がわりのように、言うのだった。
コヨーテ歩き撮り#7
花びらが雪のように降りしきって、緑の季節がやってきます。
めいのレッスン ~あかりみつめて
融けたロウが揺れている。 春、まだ肌寒さののこるころ、サイェはわたしの父の、つまりはサイェの祖父の命日にお寺に行って、何回忌かの法要に参加した。寺の庭には父がおくった河津桜が、枝にまだすこし残っていた。
めいのレッスン ~気にかかるゴーシュ
めいのサイェは、毎日のように、学校の帰り、わたしのところに寄って、母親が迎えにくるまで、過ごしてゆく。
めいのレッスン ~クリスマス・ツリー
――クリスマス・ツリーがくるんだよ。 11月もそろそろ終わりのある日、サイェは、ふと、とくに目をあげるでもなく、言ったのだった。
医学史とはどんな学問か
第2章 中世ヨーロッパにおける医学・疾病・身体
医学の導入と大学における発展/キリスト教と聖なる癒し/文化と社会の中の疾病/ペスト・ハンセン病・拒食症
