現象学

憲法学の散歩道
第42回 二つの根本規範──ケルゼンとフッサール

 エトムント・フッサールは現象学の祖である。彼は判断停止(epoché)による現象学的還元という手段を用いて意識の構造を分析した。  人の意識には志向性(Intentionalität)がある。庭の梅の木を見る、ショスタコヴィチの交響曲第5番を聴く、軽やかなピノ・ノワールを味わう、フッサールはフライブルク大学の教授だったと考える。対象を見たり、感じたり、考えたりする。そのとき人は意識している。  意識の内容は「梅の木」、「第5番」、「ピノ・ノワール」「フッサール」であり、そうした意味(Sinn)を持つ。人は意味を通じて対象を意識する。フッサールは、意識の内容をノエマ(noema)と呼んだ(複数形はnoemata)。人はノエマを通じて対象を意識する。……

掌の美術論
第11回 セザンヌの絵に触れる――ロバート・モリスを介して(前編)

諸芸術を比較する「パラゴーネ」と呼ばれる議論が、美術史には存在する。なかでも、彫刻と絵画の優劣を競うパラゴーネは、触覚と視覚、形態と色彩、物質性と虚構性とのあいだの対立軸をめぐり繰り広げられてきた。そのなかで彫刻に軍配をあげるのにたびたび重要な役割を割り当てられるのが、盲人である。彫刻は目が見えない人にも実際のかたちを正確に伝える芸術であり、平面のなかに別の世界が存在するかのように見せる虚構としての絵画よりも優れている、とするロジックだ。

By |2026-06-12T11:58:25+09:002023/12/27|連載・読み物, 掌の美術論|
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