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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第11回

5月 12日, 2016 松尾剛行

 

3.オンラインキャンペーンを実践する際の注意点

工藤

:では、次に、洗練されたキャンペーンを行うためには、何に気をつければよいでしょうか? 

『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』267頁以下でも、名誉毀損的表現を(やや安易に)リツイートしたり、転載したりする行為について言及されていました。

オンラインキャンペーンは、気軽に参加できるものも多いので、気づかないうちに動員されているおそれもあります。

「よいこと」だと思って参加したのに、実は前提自体が間違っていて、自分が「加害者」になってしまうことも出てくるかと思います。

松尾

:興味深いですね! イメージされている具体的事例はありますか?

工藤

:想定しているのは、スマイリーキクチさんの中傷事件(注9)ですとか……、時折見られる「犯人の特定」(注10)などの事案です。たとえば、キャンペーンの起案者が、真にある有名人が犯罪ないしはそれに近い悪いことをやっているのに、それをやっていない顔をしてテレビに出たり公的活動をしていると信じ、活動停止を求める署名をはじめる事例などもあります。

松尾

:具体的な事案については、言及を避けさせていただきますが(注11)、一般に、「マスコミは真実を報じない、この人は本当は悪人だから、みんなでテレビ局に働きかけてテレビに出させないようにしよう!」というようなキャンペーンは、名誉毀損に関する複雑な問題を孕みますね。
このようなキャンペーンの場合、結構素朴に共感をしてしまうインターネットユーザーの方がいて、そういうツイートをリツイートしたりとか、掲示板に対象者を非難する書込みを繰り返したりとかが見られます。

工藤

:そうなのです。しかも、スマイリーキクチさんのインタビュー記事によると、検挙された方々はみな普通の社会人で、検挙されても謝罪よりも被害者意識のほうが強いとあります。キャンペーンをはじめた人に「騙された」という気持ちなのではないかと……。そうした行為は、現在の裁判ではどのように判断されるのでしょうか。

松尾

:ご質問は、キャンペーン起案者とキャンペーン参加者の間の責任の分担の問題と理解しました。

1人の人が誹謗中傷をすることで名誉が毀損される程度には限界があります。実務的には「その程度であれば無視した方がいいですよ」とアドバイスすることもあります。しかし、それがキャンペーン化して、しかも「成功」を収めると、被害者に対して甚大な被害をもたらすわけです。

工藤

:そうすると、キャンペーンに共感をしたインターネットユーザーがいることこそが事案の悪質性の本質であって、キャンペーン参加者、つまり共感をしたインターネットユーザーは厳しく罰し、損害賠償等の責任を負わせるべきだということでしょうか。

松尾

:それは1つの考え方です。ただ、もう1つの考え方としては、悪いのは起案者、ないしはキャンペーンを始めた人ではないかという考え方もありうるわけです。現実には有名人ないしは公職にいる人が、実は犯罪等をしていたことが明らかになるということもあるわけですから、キャンペーンの参加者は、キャンペーンの起案者を信じ、本当にそんなことがあったのだと考えた上で、素朴な正義感か何かでキャンペーンに賛同してしまったにすぎないという見方もありえます。

工藤

:たしかに、Facebookで「いいね!」を押すとかツイートをRTするだけであればほとんど深く考えずにできる行為ですよね。

松尾

:そこで、主に責任を負うべきは起案者であって、参加者は免責されるか、免責まではされないとしても、責任が軽減されると解すべきだという考えも理解可能なものです。

工藤

:そうですね。両方の考え方がありうると私も思います。

松尾

:要するに、キャンペーンの参加者、特にSNS等で深く考えずに名誉毀損に「加担」してしまった参加者について、どこまで重く責任を負うべきかは、非常に難しい問題で、私の理解では裁判所も十分に価値判断を決めきれていないところだと思います。

工藤

:なるほど……。

松尾

:この点について参考となる、2つの裁判例をご紹介しましょう。

工藤

:ぜひ!

松尾

:1つ目は、東京地方裁判所が平成26年3月20日に下した判決(注12)、2つ目は東京地方裁判所が平成26年12月24日に下した判決(注13)です。

3月20日の判決は、「いいね!」に関するものです。

工藤

:はい、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』でも多数言及されていますね!

松尾

:この事案、判決文からは具体的な名誉毀損文言が不明なのですが、mixiと思われるSNSで「いいね!」を押したところ、元投稿が名誉毀損であったことから、「いいね!」を押したことによって自分も名誉毀損の責任を負うのか問題となったということです。

裁判所は、「△△上のイイネ機能は、△△上のつぶやきなどの発言に対して、賛同の意を示すものにとどまり、上記発言と同視することはできない」として、名誉を毀損する投稿について「いいね!」を押しただけでは、被害者に対する不法行為にならないとしました。

なぜそのように判断されたのかについては、判決文からは十分に明らかではないのですが、その裏の価値判断として、上の議論の後者、つまり、名誉毀損で責任を負うべきは元投稿の作成者であって、気軽に「いいね!」ボタンを押しただけで者の責任を問うべきではない、このような発想があるように感じられます。

工藤

:12月24日の判決はどうでしょうか?

松尾

:これはリツイートの事案なのですが「リツイートも、ツイートをそのまま自身のツイッターに掲載する点で、自身の発言と同様に扱われる」として、リツイートした人が、元ツイートの内容について名誉毀損の責任を負うとされました。

工藤

:この認定には若干違和感があるのですが……。リツイートやシェアは、賛意を表すだけでなく、「晒し上げ」のために使う方もいるような気がします。

松尾

:「晒し上げ」という表現が適切かはわからないですが、少なくとも「賛意」を示す以外の目的で「引用」をするためにリツイートをすることも広く行われているようですね。

工藤

:では、なぜこの事案では、リツイートが名誉毀損とされたのですか?

松尾

:なぜリツイートが名誉毀損とされたのかという理由づけもまた明確ではないのですが、その背後にある価値判断としては、ツイートを拡散することによる被害の拡大や、これを踏まえてリツイート者も相応の責任を負うべきという価値判断があったとも見ることができます。

どうも、上記の2つのありうる価値判断のうち、どちらを取るかの問題についての考え方が、裁判所内で統一されていないように思われます。

工藤

:ああ、なるほど。そういうことですか。

松尾

:もちろん、リツイートにはいろいろな種類ものものがありますから、仮にリツイート者に相応の責任を負うべきという価値判断があっても、具体的認定において、その意図等を加味することもありうるかもしれません。

工藤

:そうすると、キャンペーンを開始したり、キャンペーンに参加する場合、どのような点に注意する必要がありますか?

松尾

:現在の裁判所が上記の2つの立場のいずれをも取りうるということに鑑みると、予防法務と訴訟法務においてそれぞれ注意点があるように思われます。まず、予防法務のところでは、キャンペーンの起案者側と参加者側がそれぞれ注意しなければならないことがあります。

工藤

:具体的に教えていただけますか?

松尾

:起案者としては、自分の行為がキャンペーンという形態をとることによって、通常以上に熾烈な名誉毀損結果、甚大な被害をもたらしうるということを強く意識すべきです。

そして、その責任を自分が負うべきことはある意味当然ですが、「自分を信じてくれた参加者」にも責任を負わせかねないということには十二分に注意してもらいたいということですね。

名誉毀損は犯罪ですから(注14)、自分を信頼してくれた人まで巻き込んで犯罪者にしかねない、そういうことをやりかねないのだ、という意識を持って、自分の行うキャンペーンが本当にその観点から大丈夫か自問自答してほしいところです。

もちろん、政治批判等は民主主義社会において大変重要であって、過度に委縮する必要はありません。しかし、自分の表現によってそもそも誰かの名誉が傷つけられないか、これをよくよく考えるべきでしょう。

工藤

:はい、おっしゃるとおりですね。そうした「賢慮」や「熟考」はキャンペーンの負の側面を抑え、よい影響をもたらすと思います。

松尾

:基本的にはそのように考察をめぐらせた結果、名誉を毀損しそうだとなれば2つの選択肢があります。

1つはこのような点への言及を避けたり、表現を変えることで、相手の社会的評価が低下しないようにすることです(注15)。

もう1つは、「それでも、真実を伝えたい!」という場合であって、このときも、自分の判断で安易にキャンペーンに突っ走ることはお勧めしません。弁護士等の専門家に相談をして、法律的に大丈夫かアドバイスを求めることをおすすめします(注16)。

工藤

:これが、起案者ですね。

松尾

:はい、そうですね。

工藤

:参加者はどうでしょうか?

松尾

:参加者は、一言でいえば、「(デマを)信じちゃいました!」という言い訳が通用しない可能性があるということに注意すべきということです。

たしかに、SNSで気楽にリツイートや「いいね!」のボタンを押してしまうという心情は理解できますが、少なくとも一部の裁判所は、そのような行為に対してかなり厳格な立場をとっていますし、そのような価値判断については、上のとおり理由がないわけではないところです。

そこで、予防法務という意味では、リツイートが名誉毀損とされた事例のような判断がされてもおかしくないんだという観点から参加者としても、「当事者意識」を持つ必要があるということです。自分自身が主導してこのキャンペーンをやるのと同じくらいの慎重さを持ってほしいということです。

実際、RTをした人がいるから、そのRTを見てさらに共感して参加者が増えるというのがソーシャルメディアであって、キャンペーンじゃないですか。

工藤

:うんうん(うなづく)。そうすると、参加者は「拡散に寄与」するという結構重要な行為をしてるのですね。

松尾

:「勢い」というのはキャンペーンにおける重要な要素ですが、その勢いは「暴走」にもつながりかねず、それが名誉毀損等の結果を招来するリスクがあるということですね。その意味で、起案者と参加者がいずれも慎重に、熟考をしてキャンペーンをしてほしいということです。こんなふうにいうと、キャンペーンに必要な「勢い」を殺してしまうと工藤さんに怒られそうですが。

工藤

:いえいえ。先ほども申し上げたとおり、キャンペーンの負の側面を抑制していくことは、民主主義にとってよりよい効果をもたらすキャンペーンを増やすための重要な要素です。

ところで、逆に、キャンペーンを始めた人の意図を超えて、参加者が暴走してしまうということもありうると思いますが、そうした人たちの責任について、個別の判断に委ねられるのでしょうか?

松尾

:おもしろい問題が出てきましたね。結局、参加者がどのように暴走したのか、によって評価が分かれるのではないでしょうか。せいぜい1RTか2RTだと思ったら1万RTされたという程度であれば、それだけでは起案者の責任は否定されないでしょう。これに対し、起案者は慎重に、社会的評価が低下しうる人の名誉が毀損されないように注意を払ってキャンペーンの文言を考え、それを拡散してほしいとお願いしたのに、参加者が勝手にその内容を書き換え、場合によっては「盛って」しまって、その結果名誉が毀損されたのであれば、免責を主張できる余地はありそうです。

工藤

:なるほど。今までが予防法務というお話でしたね。事後的処理の法務はどうでしょうか。

松尾

:実際にあるキャンペーンによる名誉毀損が問題となった後は、これをどう解決するかが問題となります。

これは、本当に事案によるのですが、基本的には、依頼者が誰かというのがまず問題ですね。被害者のこともあれば、起案者のことも、参加者のこともあります。

いずれにせよ、できるだけ情報を収集して、過去の裁判例等を参考に、「勝ち目」、つまり裁判所に行ったときに名誉毀損が認定される可能性がどれくらいあるかを考え、それを前提に対応していくことになります。

工藤

:『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第3部「実務編」でも、ケースをもとに当事者双方の立場から多角的に検討されていましたね。

松尾

:はい、そうです。たとえば、参加者が相談にくるとしましょうか。そうしたら、まずは依頼者が何をしたのかが問題です。リツイートかもしれないし「いいね!」かもしれないし、署名サイトの署名かもしれない。まずはその行為が何かが問題です。

そしてその行為においてどのような表現が名誉毀損として問題視されているかを明らかにする必要があります。

あとは、当該表現ないし摘示が対象者の社会的評価を低下するのか、低下するとして公共性のある事実について公益目的で真実の表現をした等の免責の余地はあるか、さらには単なる「いいね!」にすぎない等、行為態様に応じた免責の可能性はどのくらいかといった諸要素を元に、「勝ち目」を分析していくわけです。

これができるためには、過去の裁判例が全部頭に入っている必要があり、リサーチは結構大変だったのですが、過去の裁判例を網羅的に取り上げている『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』を読んでいただければ、すぐにこの分析ができるようになっております!(笑)

工藤

:突然の著書宣伝キャンペーン!

松尾

:いずれにせよ、そのうえで、「負ける」可能性が高ければ謝る。たとえばリツイートを取り消して謝罪するとかですよね。さらに、場合によっては賠償金を支払って示談ないし和解を試みるわけです。

早期に削除・撤回をして謝罪をすれば、訴訟とかにならないで済む可能性が高いわけです。

これに対し、いやいや、結構勝ち目があるぞとなれば、「これは表現の自由の範疇ですよ」と反論していくことになります。

とはいえ、このような対応に対象者が納得しなければ、最後は訴訟になることもありますので、実務上どこまで譲歩して、できるだけ早期に依頼者の納得のいく解決を導くか、というあたりは、それぞれの専門家が過去の経験に基づいていろいろと考えてアドバイスをしてくれると思います。

工藤

:そうでしょうねえ……。そういえば、裁判例における賠償金の中央値がわかる金額表も『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』のなかにあったような……(注17)。

松尾

:基本的に賠償金というのは、水物なので、あまり「相場」とかがないのですが、これまでこの点についての研究で、実務上参考にできるものがあまり多くなかったというのが実感です。

たとえば「500万円を基準とすべき」といった提言がありますし(注18)、「インターネット上の名誉毀損の損害賠償額は昔は数十万円から100万円くらいだったのが最近は高額化している」といった分析もあるのですが(注19)、私としては、「本当にそうなのか、過去の裁判例を検討してみよう」と考えて分析をしてみたということですね。

これが絶対的基準とは思ってほしくないのですが、参考になるかなと思います。

工藤

:相場観がなんとなくでもつかめると、訴訟がよいか、示談・和解がよいかを判断しやすくなり、紛争の早期解決につながりそうだなという印象をもちました。何の参考資料もないと、話し合いもしにくいですからね。

松尾

:その意味では、私の研究がインターネットの名誉毀損に関する紛争の早期の円満解決に資すればうれしいです。

工藤

: そうですね! 私も、今回の対談で、キャンペーンの負の側面について注意喚起でき、紛争を予防できることを期待しています。どうもありがとうございました。

松尾

:こちらこそ、どうもありがとうございました。

 
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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。