虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察
第4回 冥界としてのインターネット 「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」と「serial experiments lain」(1)

About the Author: 古谷利裕

ふるや・としひろ  画家、評論家。1967年、神奈川県生まれ。1993年、東京造形大学卒業。著書に『世界へと滲み出す脳』(青土社)、『人はある日とつぜん小説家になる』(青土社)、共著に『映画空間400選』(INAX出版)、『吉本隆明論集』(アーツアンドクラフツ)がある。
Published On: 2016/6/22By

 
 

ゴーストって何?

この物語が、科学を真理とする世界観であるという体裁を保つことができているのは、定義不能な「ゴースト」という概念を、あたかも自明な実体であるかのように前提にしているからだと言えます。草薙は、自分自身の固有性や連続性に懐疑をもつ一方で、「そうささやくのよ、わたしのゴーストが」と言い、ゴーストのささやきを、行動を決定するための最上位の原理としているようでもあります。つまり彼女は、論理的そして情緒的にはゴーストを懐疑していますが、経験的にはゴーストを信じている。これは直観という言葉の言い換えに過ぎないかもしれませんが、だとするならば、ゴーストとは、信頼に足りる「直観」を生み出すために自分の中で働いている無意識を含めたシステムの全体のことを指すのかもしれません。

とはいえ、ならばなぜ、そのシステムは複数の直観ではなく一つの直観を導くのでしょうか。様々な部分の集合であるはずのあるシステムが全体(一つ)として働いているということはどういうことなのでしょうか。それを「一」とする力、あるいは根拠は何なのでしょうか。これは、なぜ「私の脳」の中に「私」が三人いたり四人いたりせずに、「私」は一つなのかという問いでもあります。人形使いと草薙とが融合したとして、そこになぜ二つのゴーストがあるのではなく、一つのゴーストがあるのだと言えるのでしょうか。あるいは、すべてが「私」であった原核生物にはゴーストがいくつあったのでしょうか。

つまり、ゴーストとは、複数の部分をもつシステムを一つに統合している働きであり、そのようなものであるという以上は何も言えない何かであることになります。人形使いは、生命は情報の流れの中に生まれた結節点のようなものだ、と言います。結節点とは複数の流れを一つに集約する点であり、ならば、ゴーストとはネットワークの中の点のことである、と言えるかもしれません。点そのものは、ただそこに点があるのだというだけで、それだけでは何の性質ももたないとも言えます。
 
この項、つづく。次回7月13日(水)更新予定
 

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ふるや・としひろ  画家、評論家。1967年、神奈川県生まれ。1993年、東京造形大学卒業。著書に『世界へと滲み出す脳』(青土社)、『人はある日とつぜん小説家になる』(青土社)、共著に『映画空間400選』(INAX出版)、『吉本隆明論集』(アーツアンドクラフツ)がある。
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