虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 連載・読み物

虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第20回 人間不在の場所で生じる人間的経験/『けものフレンズ』

6月 21日, 2017 古谷利裕

 
 

サーバルの根本的な変化

とはいえより重要なのは、かばんとサーバルたちとの間にある存在論的な差異であり、その異なる存在の間で生じるパースペクティブの交換の方です。あらゆる動物がフレンズとして存在論的に均された世界に、かばんという存在のカテゴリーミステイクが生まれることで世界に存在の差異が生じます。これによって、ジャパリパークという世界にどのような変化が起るのでしょうか。

前述したとおり、ジャパリバスがサーバルに似たデザインであることから、サーバルはもともとジャパリパークの来園者と最初に出会い、一緒に行動するフレンズとして設定されていたと推測できます。つまり、かばんとの出会いや道行きは、予めプログラムされた筋書き通りだったのでしょう。ただ、筋書きと違ったのは、パークに人がいなくなって月日がたち、メンテナンスも十分でないため設備の多くが機能しなくなっていたという点です。そもそも、既に人が来るはずのない場所になっていたパークに、「人間でなくもない」かばんが現れたのです。もう一つの筋書きとの違いは、かばんが、自分が何者かを知らないという点です。これは「人のフレンズ(人間のシミュレーション)」の特徴であり、一般の来園者(人間そのもの)ならそんなことはないでしょう。これらにより、二人の道行きが、パークの見学やアトラクションを楽しむ過程ではなく、かばんの自己探索と自己発見の旅へと変質します。二つの想定外が、かばんとサーバルの道行に、プログラムされたものとは異なる逸脱を生じさせるでしょう。そしてこの想定外は、かばんという想定外の存在(別のパースペクティブ)が生まれなければ発生しないものでした。

『けものフレンズ』という物語全体が、かばんと彼女が生み出す想定外によってジャパリパークの世界が少しずつ変化してゆく様を描いているといえます(例えば、字が読めて火を使えるかばんと、記録(本)と食欲を持つアフリカオオコノハズク、ワシミミズクのパースペクティブの交換が、ジャパリパーク世界にジャパリマン以外の「料理」をもたらす、など)。しかし、決定的な変化としてあるのが、最終話でサーバルが、セルリアンの注意を逸らすために火のついた紙ヒコーキを飛ばすということでしょう。このとき、フレンズがそもそも、動物の特徴をもとにして人間化されたものだという前提が変化してしまっているのです。サーバルの手は、1話「さばんなちほー」ではボックスに入ったリーフレットを取り出すことさえできなかったはずですし、7話「じゃぱりとしょかん」で、サーバルは火を怖がっていました。それが、紙ヒコーキを折り、それに火をつけて飛ばすことができるようになっているのです。

つまり、ここでのサーバルは、かばんという異なるパースペクティブとの相互作用によって、来園者をエスコートするためにプログラムされた「サーバルキャットのフレンズ」であることから逸脱しているのです。サーバルはもう、ジャパリパークという均されたシステムの内部(一部)とはいえない別の存在に変化しているのです。
 

人間不在の場所で生じる人間的経験

このような出来事が起きるのは、人間が人間のためにつくったジャパリパーク・システムから、人間たちがいなくなった後です。『けものフレンズ』で、かばんとサーバルとの関係からもたらされる出来事は、『A.I.』のデイビッドの「特別な一日」と同様、その出来事を経験するのは、通常の意味では既に人間とは言えなくなった存在です。人間が消えた後の、人間のいない場所に、時を越えた蜃気楼のように人間的な出来事が生じます。その経験は、人間という存在の痕跡を留めてはいますが、もはや人間たちのための経験ではないのです。
 
この項、了。次回7月12日(水)更新予定。
 

(註1) エドゥワルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ「内在と恐怖」丹羽充・訳「現代思想」2013年1月号、E・ヴィヴェイロス・デ・カストロ「アメリカ大陸先住民のパースペクティヴィズムと多自然主義」近藤宏・訳「現代思想」2016年3月臨時増刊号、など。
(註2) 中沢新一『カイエ・ソバージュⅡ 熊から王へ』講談社新書メチエ(P38~42)
(註3) 奥野克巳によるブログ「『ソウル・ハンターズ』を読む Rane Willerslev Soul Hunters: Hunting, Animism, and Personhood among the Siberian Yukagirs. 2007, University of California Press の内容を把握し、読解するためのヒント集」 から、「人間―動物の変容(第5章)89-94頁」https://ameblo.jp/soulhunters/entry-12276412943.html
(註4 )同上 「動物でもなく、動物でもなくはない(第5章)94-97頁」https://ameblo.jp/soulhunters/entry-12283005991.html
 
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