虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第21回 哲学的ゾンビから意識の脱人間化へ/『ハーモニー』と『屍者の帝国』

About the Author: 古谷利裕

ふるや・としひろ  画家、評論家。1967年、神奈川県生まれ。1993年、東京造形大学卒業。著書に『世界へと滲み出す脳』(青土社)、『人はある日とつぜん小説家になる』(青土社)、共著に『映画空間400選』(INAX出版)、『吉本隆明論集』(アーツアンドクラフツ)がある。
Published On: 2017/7/12By

 
 

非人間的な領域まで広がる、人間の意識

そして、ザ・ワンは、解析機関(コンピュータ)を媒介として、菌株によって発生する人間の意識と、その構成要素である菌株自身の意識を繋ぐ、円環状のフィードバックループをつくると主張します。

人と菌株とでは、まったく異なる種類の知の形を持っているため、両者の直接的な対話は不可能です。そこで、人が解析機関に、プログラム言語を介して影響を与え、解析機関が菌株に、解析機関が構成するネクロウェアを介して影響を与え、菌株が人間の社会に、屍者たちの行動を介して影響を与える、というループをつくることを考えます。人→解析機関(媒介言語・プログラム)、解析機関→菌株(媒介言語・ネクロウェア)、菌株→人(媒介言語・屍者の行動)と、影響は一方通行ですが、一周まわって再度、人→解析機関という影響が起こってループとなれば、フィードバックにより影響は相互的になるはずです。このようなループが構成されて、各々の言葉が整理されれば、菌株の知性は、自分たちの活動と外からやってくるネクロウェアの間に、何かしらの関係があるということを見出すでしょう。そしてそれは、人の意識を何かしらの形で変化させるはずであろう(人には、どのように変わったかは「意識」できないわけですが)、と。

ここで構想されているのは、全体の調和による意識の消失ではなく、直接的には決して意志を通い合わせることのできない者たちが、媒介によりループ状に繋がることによって互いに間接的に影響を与え合う(対話を行う)というヴィジョンです。

このような、異質な者たちがお互いがお互いの「(無)意識」となるような関係を、ザ・ワンは「存在の大いなる循環」と呼び、それこそが魂だと言います。「意識」はもはや人間だけのものではなくなり、人から解析機関へ、解析機関から菌株へ、菌株から人へという、人間の外に向かい、異質な者へ繋がって、また人に戻ってくる、非人間的領域を含む巨大な循環のなかに見いだされるのです。人間の意識は、「人間の意識では決して知り得ないもの」との対話のなかで生まれ、変化するというヴィジョンが示されているのです。
 
この項、了。次回8月2日(水)更新予定。

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註1:スーザン・ブラックモア著、山形浩生・守岡桜訳『「意識」を語る』(NTT出版)、デイヴィッド・チャーマーズの章 (p.43~p.62)
註2:デイヴィッド・J・チャーマーズ著、林一訳『意識する心 脳と精神の根本理論を求めて』(白揚社)、4章1節 唯物論に対する反論
註3:ここでは、金杉武司『心の哲学入門』(勁草書房)第2章「心と意識」を参照しています。
 
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ふるや・としひろ  画家、評論家。1967年、神奈川県生まれ。1993年、東京造形大学卒業。著書に『世界へと滲み出す脳』(青土社)、『人はある日とつぜん小説家になる』(青土社)、共著に『映画空間400選』(INAX出版)、『吉本隆明論集』(アーツアンドクラフツ)がある。
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