森鷗外の小説『かのやうに』の主人公、五條秀麿は、東京帝国大学文科大学を卒業後、ただちに洋行し、3年後に帰国した。子爵家の跡取りである彼は、国史を畢生の事業と心得ているが、まだそれに手を付けずにいる。
歴史にとりかかるには、歴史と神話の境界を明確にする必要がある。ただ彼の置かれた状況から、それが容易ではないことが、彼には分かる。
たまたま訪ねてきた旧知の綾小路に、秀麿は、今読んでいる本、『ヂイ・フイロゾフイイ・デス・アルス・オツプ』について説明する*1。
そこで人間のあらゆる智識、あらゆる学問の根本を調べて見るのだね。一番正確だとしてある数学方面で、点だの線だのと云ふものがある。どんな細かくぽつんと打つたつて点にはならない。どんなに細くすうつと引いたつて線にはならない。どんなに好く削つた板の縁も線にはなつてゐない。角も点にはなつてゐない。点と線は存在しない。例の意識した嘘だ。併し点と線があるかのやうに考へなくては、幾何学は成り立たない。あるかのやうにだね。コム・シイだね。自然科学はどうだ。物質と云ふものでからが存在はしない。物質が元子から組み立ててゐると云ふ。その元子も存在はしない。併し物質があつて、元子から組み立ててあるかのやうに考へなくては、元子量の勘定が出来ないから、化学は成り立たない。……法律の自由意志と云ふものの存在しないのも、疾つくに分かつてゐる。併し自由意志があるかのやうに考へなくては、刑法が全部無意味になる。……宗教でも、もう大ぶ古くシュライエルマツヘルが神を父であるかのやうに考へると云つてゐる。孔子もずつと古く祭るに居ますが如くすと云つてゐる。先祖の霊があるかのやうに祭るのだ。さうして見ると、人間の智識、学問は扨置き、宗教でもなんでも、その根本を調べて見ると、事実として証拠立てられない或る物を建立してゐる。即ちかのやうにが土台に横はつてゐるのだね。
その上で秀麿は、なぜ彼が歴史に取り掛かることができないかを綾小路に説明する。歴史に取り掛かるために彼が採るべき道は、人類の前途に光明があるかのように、見て進んで行くこと。祖先の霊があるかのように過去を顧みて、祖先崇拝をし、義務があるかのように徳義の道を踏むことである。
しかし、そうすれば、神話と峻別された歴史を書いても危険思想とは言われないで済むかと言えば、そうは問屋が下ろさないであろうことが、頭脳明晰な彼には分かる。
僕は職業の選びやうが悪かつた。ぼんやりして遣つたり、嘘を衝いて遣れば造做はないが、正直に、真面目に遣らうとすると、八方塞がりになる職業を僕は不幸にして選んだのだ*2。
真面目に歴史学を遂行すれば、父親たる子爵と衝突せざるを得ない。妥協は不可能というわけである。
『ヂイ・フイロゾフイイ・デス・アルス・オツプ』は、ハンス・ヴァイヒンガーの著書である。
新カント派の哲学者として知られるヴァイヒンガーは、1852年、チュービンゲン近郊のネーレンで司祭の息子として生まれた。父親の手前、聖職者を志した彼はチュービンゲン大学で神学を学んだが、関心は哲学・自然科学に移り、カント、フィヒテ、ヘーゲル、シュライエルマッハーに加えて、独学でショーペンハウエルとダーウィンを研究した。その後、ライプツィヒ、ベルリン、ストラスブルクで学び、1877年、『擬制の論理的研究。第1部 科学的擬制の理論』で教授資格を得る。1881年にはハレ大学教授となり、1896年には雑誌Kant-Studienを創刊した。
1911年、彼は『かのようにの哲学』を刊行した。その第1部の内容は、1877年論文と同一である*3。彼はこの著書のおかげで一躍有名となり、1918年には、新たな雑誌Annalen der Philosophie und philosophischen Kritikを創刊した。Annalenの編集は1930年、カルナップとライヘンバッハに受け継がれ、Erkenntnisと改名される。1933年、ヴァイヒンガーはハレで逝去した。自由主義者、平和主義者であった彼は、ナチス期には無視され、長く忘れ去られた。
ヴァイヒンガーの『かのようにの哲学』は、ハンス・ケルゼンの法理論、とくにその根本規範の観念に影響を与えた。『かのようにの哲学』は法学における擬制の分析を含んでおり、ケルゼンはヴァイヒンガーの分析を批判する論稿をAnnalenに寄せている*4。
ケルゼンは、1934年に刊行した『純粋法学〔初版〕』で、彼の言う根本規範(Grundnorm)は、仮説であるとした*5。それは、歴史的に最初の憲法は法的に妥当する──つまり、この憲法には従わねばならない──とする仮説である。この仮説を思惟の上で前提することで、この憲法の授権を受けたその後のすべての実定法規範は妥当性を獲得する。つまり、それらの法規範には従わねばならないことになる。
ところが1964年に公表された論文で、ケルゼンは用語を変更した。根本規範は仮説ではなく、擬制である。それも「ヴァイヒンガーの『かのように』の哲学の意味における真正の擬制」だと彼は言う*6。ヴァイヒンガーが『かのようにの哲学』において、仮説と擬制との区別について行った議論が、ケルゼンのこうした用語の変更を導いたと考えられる*7。
ヴァイヒンガーによると、法的擬制にはいくつかの類型がある。第一は法理論に属するもので、国家が法人であるとするのが、その例である*8。国家が権利義務の主体であるというのは、法秩序を架空の主体とすることで権利義務をまとめて処理するための単なる擬制であり、思考の便宜をはかる手段にすぎない。国家の名において実際に法を創設し適用しているのは、国家の機関として行動する具体的個人である*9。
また、人が自由であるとするのも、刑事法にとって必須の擬制である。決定論に反する自由の観念は、ヴァイヒンガーによると不条理であり、擬制でしかあり得ない。人が自由であり、いかなる原因によってもその行動が決定されていないとの虚構に立脚することではじめて、人の責任を問うことが可能となる*10。
第二にヴァイヒンガーは、いくつかの法実務上の擬制の例を挙げる。事例Aと事例Bとが実際には異なるにもかかわらず、両者を同一とみなすのが法実務上の擬制である。
たとえば、商品を受領した者が定められた期間内に発送者に返送しないときは、その商品は、契約の内容に適合したものとみなされるとする商法典377条の規定は、法実務上の擬制である。実際には、受領者がその商品を契約内容に適合したものと考えていないかも知れないのだから。こうした擬制は、その実際上の便益によって正当化される。商法典が規定する擬制は、それがもたらす取引上のコストの低減によって正当化される*11。
不貞をおかした妻の夫が、それにもかかわらず、出生した子の父親とみなされるならば、それも擬制である。ここでは、子にとっての利益が擬制を正当化する*12。
他方、ヴァイヒンガーは、正当化し得ない擬制も存在すると言う。たとえば、1911年以前、ドイツでは女性に選挙権はなかった。これは、女性が何歳になろうとも、成人には達していない──成人と同じ判断能力を備えてはいない──との擬制にもとづくもので、ヴァイヒンガーは、もっとも冷酷な不正義に属すると言う*13。
ヴァイヒンガーによると、法的擬制と数学上の擬制との間には強い類似性がある*14。数学においても法学においても、個別の事例を一般的事例として包摂しようとすることがある。数学においては、曲線を直線として扱うことで計算上の便宜を得ることができる。法学においては、個別の事例を一般的な法の下に包摂することで法の規定する利益を与え、制裁を課すことができる。いずれの場合も、現実には反するが、現実として扱うことで便宜を得ることができる。だから、曲線は直線として扱われ、養子は嫡出子として扱われる*15。
ヴァイヒンガーが法実務上の擬制の次の類型として挙げるのは、イギリス法における「国王は悪をなし得ず The King can do no wrong」である*16。これは異なる事例(AとB)を同一のものとして扱うわけではない。それはヴァイヒンガーによると、「真正の擬制einer eigentlichen Fiktion」であり、事実と異なるだけではなく、論理的に不可能な内的矛盾を含んでいる。
人間であるが悪をなし得ないなどということはあり得ない。実際には国王も悪をなし得るという点で、この法原理は現実とは実質的に矛盾する。それだけでなく、人間であることと悪をなし得ないこととは両立し得ないという意味で、この法原理は形式的な矛盾をも含む*17。
ヴァイヒンガーがさらに挙げる法実務上の擬制の類型は、法を回避するためのものである。たとえば、ローマ法においては、訴えを提起し得るのはローマ市民(civis)のみであり、在留外国人(peregrinus)は訴えを提起することができなかった。しかし法務官は在留外国人が、あたかもローマ市民であるかのように、その訴えの提起を認めることがあった。これは法を回避するための擬制である*18。
ヴァイヒンガーは『かのようにの哲学』で、仮説と擬制との異同も分析している。仮説と擬制とは、いずれも現実の所与ではなく、観念的な構成物である。しかも、仮説と擬制とを区別することは、ときに容易ではない。たとえば原子は物質の構成要素に関する仮説なのか、それとも物理現象を説明するための便宜的な擬制なのか、いずれであろうか。また、仮説だとされていたものが擬制とされたり、その逆の変化が起きる場合もある*19。
第一に、ヴァイヒンガーによると、仮説は擬制と異なり、客観性を標榜する。いくつかの仮説のうち、もっとも蓋然性の高いものが選択される。これに対して擬制は、現実性や真実性を標榜しない。思考上の便宜を標榜することはあるが*20。
第二に、仮説と異なり、真理に至るための手段にすぎない擬制は、その使命を達すれば、捨て去ることができる。計算の便宜上、等式の両辺に便宜的に同じ数や項を加えることがあるが、答えが出れば、これらは直ちに差し引かれる。これらは単なる擬制である*21。
第三に、仮説と擬制とは、正当化の根拠が異なる。仮説は経験と一致することによって正当化される。他方、擬制はその有用性によって正当化される*22。
たとえば、アダム・スミスの提示する擬制──効用のみによって動機づけられる人間──は、取引上の一般法則を抽出するための暫定的な手段としてのみ正当化される。誤った帰結を導かないよう、こうした擬制によって得られた一般法則は、個別具体の状況に即して補正される必要がある*23。
第四に、経験的な検証の不可能な観念を仮説として提示することは、しばしば不要な論争を引き起こす。ヴァイヒンガーによると、クラークとライプニッツの間に起きた絶対空間をめぐる論争がその例である。クラークは、その中に神が宇宙を創造した、無限大の絶対空間を仮説として提示したが、ライプニッツはそうした観念自体が含む矛盾を指摘してその可能性を否定した。
ヴァイヒンガーは、ライプニッツが絶対空間の観念が含む矛盾の故にそれを空想的だとしたことは正しいが、それを理由に絶対空間の観念を科学から排除したのは間違いだとする。他方、クラークが絶対空間の観念の有用性を指摘したのは正しいが、それを仮説としたのは間違いである。それは単なる擬制とされるべきであった*24。
ケルゼンが、彼の根本規範の観念は、現実の意思行為によって創設される実定法ではなく、法的思惟において前提された、単に擬制的な意味における規範だとしたのは、こうしたヴァイヒンガーの議論を受けたものである*25。
ケルゼンは、1919年にAnnalenに掲載された論文で、ヴァイヒンガーの擬制論を鋭く批判した。とくに彼は、ヴァイヒンガーが法実務上の擬制として採り上げた例は、実は擬制ではないとする。
ケルゼンはまず、ヴァイヒンガーが法理論上の擬制だとする、人格(Person)を採り上げる。実際には規範の複合体でしかないものを権利義務の主体たる人格として観念することは、さまざまな混乱や不条理を引き起こす*26。
法秩序に他ならない国家も法人とされるが、そのために法学者は、国家によって創設された(はずの)法秩序は国家を義務づけることができるのか、法の源泉に他ならない国家が自らの作出した法によっていかにして制限されコントロールされるのか、法の創設者である国家が自身を拘束し得ないのだとすると、国王は法から解放されている(solutus legibus)のか等々の仮象問題が生み出されてきた*27。
ケルゼンは、ヴァイヒンガーの理論から、これらの誤った観念や問題設定は、擬制として語れているにすぎないものを実体化することから生じたものだとの理解を受け継いでいる。『純粋法学』の初版において、ケルゼンは、次のように述べる*28。
実際のところ、法人とは義務や責務や権利の束、つまり規範の集合体に他ならない。束を人格化することで、法的認識の対象が二重化され、そのためしばしば誤った結論に導かれる。
国家を法人とする観念を含め、法人格に関するヴァイヒンガーの分析に、ケルゼンは基本的に賛同している。
他方、ヴァイヒンガーの言う法実務上の擬制なるものをケルゼンは強く批判する。彼によると、ヴァイヒンガーは法の性質を根本的に誤解している。たしかに法は認識の対象とはなるが、法の目的は存在の認識ではなく、当為の認識にある。したがって、法文上の表現や裁判官の判決が、ヴァイヒンガーの言う意味での擬制を含むことはあり得ない*29。
たとえば、商品を受領した者が定められた期間内に発送者に返送しないときは、その商品は契約の内容に適合したものとみなされるとするドイツ商法典377条に、擬制はなんら含まれていない。法が規制するのは当事者の行為であって認識ではない。法は事例Aがそれと異なる事例Bと同一だと擬制しているわけではなく、AとBの両方について、同じ法的効果を与え、現実を規律しようとしているだけである*30。
不貞をおかした妻の子が夫の子とみなされる場合も、夫がその子の実の父だと擬制されているわけではない。その子と夫の間に、実の子と父親と同じ権利義務が妥当するよう法が規律しているだけである*31。
「国王は悪をなし得ず」という法原則も、事実を記述するものではない。「悪をなし得ず」とは、事実上の意味ではなく、法的な意味で理解する必要がある。法は、国王のいかなる行為も制裁の要件とすることがないと言っているだけである。ここで問題となる善悪は、あくまで法秩序と関連し、法が制裁の対象とする事実であって、自然的事実ではない*32。
また、ローマ法において法務官が在留外国人の訴えを受理した場合も、在留外国人をあたかもローマ市民であるかのように扱ったわけではなく、ローマ市民に妥当する法を在留外国人にも適用しただけである。そこには何の擬制もない。法務官は一般的な法原則の例外をなす立法を行う権限を与えられていた。法務官は、与えられた権限の範囲内で、彼が正しいと考えた決定をしただけである*33。
以上のように、ケルゼンはヴァイヒンガーの法実務上の擬制に関する議論を根底的に批判する。それでも彼は、ヴァイヒンガーによる仮説と擬制との区別、そして「真正の擬制」という観念を受け入れて、1960年代以降は、根本規範は「ヴァイヒンガーの『かのような』の哲学の意味における真正の擬制」だと主張するに至ったことは、前述の通りである。とはいえ、根本規範はあくまで法理論上の擬制であって、法実務上の擬制ではないが。
ケルゼンの言う、ある実定法秩序に属するすべての法規範の妥当性を基礎づける「歴史的に最初の憲法に従うべきである」との前提は、現実と矛盾するだけでなく、それ自体が矛盾を内包する点で、真正の擬制である。そうした規範を現実に創設する人間がいるはずもなく、また、ある実定法秩序に属するすべての法規範を「卸売」段階で丸ごと正当化しようとすること自体、実現不可能な──そもそも実現を目指すべきでない──企てである。法規範に従うべきか否かは、あくまで「小売」段階の、個別の法規範ごとに結論づけられるべきものである*34。
さらに、ヴァイヒンガーの言う、仮説と擬制の区別は、仮説については事実と合致するか否かについての実証が可能であることを前提としているように思われる。20世紀初頭の論理実証主義全盛の時代であれば、こうした前提も受け入れられたであろうが、一般法則であることを標榜する仮説が、過去、現在、未来のあらゆる場面において全面的に実証されることはあり得ないと考えるならば、仮説と擬制との区別も、相対化されるであろう。もっとも、論理矛盾を内在させる言明は、仮説とはなり得ないであろうが。
森鷗外の描く五條秀麿は、ヴァイヒンガーから何を学ぼうとしたのだろうか。擬制を道具として用いることで、苦境を逃れようとしたのだろうか。
神話を歴史であるかのように描くことは、歴史家としての彼の職業倫理に反する。歴史は事実のみを記述すべきである。他方、神話が事実であるかのように世間一般で教え伝えられているのは、先祖を崇拝し、父母を敬い、社会道徳を遵守するよう、一般庶民を教化する道具としてである*35。
そこで秀麿は、一方では先祖を崇拝し、父母を敬い、社会道徳を遵守し、他方では、神話と歴史とを峻別して事実のみを日本の歴史として描くことで、自らの置かれた苦境を逃れることができるのではないかとの展望を抱き、それを綾小路に語る。「人間は飽くまでも義務があるかのやうに行はなくてはならない」*36。
綾小路は秀麿の企てを一蹴する。「駄目だ」*37。
駄目である理由は明らかである。世間一般が秀麿のように、事実と神話の峻別を受け入れた上で、世の道徳的義務を果たしさえすれば、同時に事実のみを歴史として記述し、それを公表することが許されると考える場合にのみ、秀麿の企ては成就する。実際にはそれは実現不可能である。秀麿の父がそれを認めるはずがない。
社会で受け入れられている道徳的義務が、神話に支えられた虚構であることを暴露することは許されない。神話を事実と信ずるべきだとの前提は、現実と矛盾するだけでなく、それ自体が矛盾を内包する真正の擬制である。
ケルゼンとの違いは、秀麿はそれが擬制であることを暴露することができない点にある。神話を除去した純粋な歴史を語ることは、神話が歴史ではないと自白することである。
「所詮父と妥協して遣る望はあるまいかね。」
「駄目、駄目」と綾小路は云つた*38。
決定的な論点は、擬制が擬制であると公に語ることが可能か否である。秀麿が直面した苦境は、ヴァイヒンガーのそれとも、ケルゼンのそれとも、根本的に異なっている。
*1 森鷗外「かのやうに」『鷗外近代小説集 第6巻』(岩波書店、2012)43−44頁。初めて発表されたのは、1912年1月1日発行の『中央公論』第27年第1号でのことである。
*2 『鷗外近代小説集 第6巻』52頁。
*3 See Christophe Bouriau, ‘Présentation’ to Les fictions du droit : Kelsen, lecteur de Vaihinger (ENS 2013) 15.
*4 Bouriau (n 3) 59−85にその仏訳が収録されている。
*5 ケルゼンによると、「純粋法学は、根本規範を仮説的基礎(einer hypothetischen Grundlage)として用いる」(Hans Kelsen, Reine Rechtslehre (1st edn, Scientia 1985 (1934)) 66 [§29])。
*6 Hans Kelsen, ‘Die Funktion der Verfassung’ in Die Wiener rechtstheoretische Schule (Hans Klecatsky et al eds, Europa 1968) 1977. ケルゼンは、死後出版された『規範の一般理論』でも、根本規範は、「事実に反するとともに自己矛盾でもある点で、ヴァイヒンガーのかのようにの哲学における意味での「真のあるいは真正の擬制eine echte oder „eigentliche“ Fiktion」であるとする(Hans Kelsen, Allgemeine Theorie der Normen (Manzsche Verlags 1979) 206 [59.I.d])。
*7 Bouriau (n 3) 13.
*8 Hans Vaihinger, Die Philosophie des Als Ob: System der theoretischen, praktischen und religiösen Fiktionen der Menschheit auf Grund eines idealistischen Positivismus. Mit einem Anhang über Kant und Nietzsche (7th and 8th edn, Felix Meiner 1922) 257.
*9 Bouriau (n 3) 19.
*10 Vaihinger (n 8) 70; Bouriau (n 3) 20−21.
*11 Hans Vaihinger, La philosophie du comme si (Christoph Bouriau trans, Kimé 2008) 47; Bouriau (n 3) 22. La philosophie du comme si は、ヴァイヒンガー自身による『かのような哲学』の縮約版(1923年刊)の仏訳である。
*12 Vaihinger (n 8) 258; Bouriau (n 3) 23.
*13 Vaihinger (n 8) 258; Bouriau (n 3) 24.
*14 Vaihinger (n 11) 62.
*15 Bouriau (n 3) 25.
*16 Vaihinger (n 8) 258.
*17 Bouriau (n 3) 26.
*18 Vaihinger (n 8) 249; Bouriau (n 3) 27.
*19 Vaihinger (n 8) 219−21.
*20 Vaihinger (n 8) 144−45; Bouriau (n 3) 28.
*21 Vaihinger (n 8) 148; Bouriau (n 3) 29.
*22 Vaihinger (n 8) 150−51.
*23 Vaihinger (n 11) 172−75; Bouriau (n 3) 30.
*24 Vaihinger (n 11) 211−16; Bouriau (n 3) 30−31.
*25 Kelsen (n 6) Allgemeine Theorie der Normen 206 [59.I.d]; Bouriau (n 3) 31.
*26 Hans Kelsen, ‘Contribution à une théorie des fictions juridiques, centrée sur la philosophie du comme si de Hans Vaihinger’ in Bouriau (n 3) 62−67.
*27 Bouriau (n 3) 33.
*28 Kelsen (n 5) 52 [§25].
*29 Kelsen (n 26) 67.
*30 Kelsen (n 26) 67−69.
*31 Kelsen (n 26) 69−70.
*32 Kelsen (n 26) 71.
*33 Kelsen (n 26) 73−74.
*34 Joseph Raz, ‘Government by Consent’ in his Ethics in the Public Domain: Essays in the Morality of Law and Politics (Revised edn, Clarendon Press 1996). 同じ理由で、法秩序全体の妥当性を正当化する根拠としての主権論(憲法制定権力論)も、真正の擬制である。額面通りに受け取るべきものではない。
*35 この辺りの事情については、渡辺浩『明治革命・性・文明──政治思想史の冒険』(東京大学出版会、2021)第8章「「教」と陰謀──「国体」の一起源」参照。
*36 森鷗外 (n 1) 48−49頁。
*37 森鷗外 (n 1) 50頁。
*38 森鷗外 (n 1) 52頁。秀麿と綾小路の対話は、奇妙に、同一人物の独白の連なりのように見える。
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