ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた ー人生の欠片、音と食のレシピー 連載・読み物

ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた
――人生の欠片、音と食のレシピ〈10皿め〉

6月 02日, 2019 仲野麻紀

 

フランスを拠点に、世界中で演奏する日々をおくるサックス奏者の仲野麻紀さん。すてきな演奏旅行のお話をうかがっていたある日、「ミュージシャンは料理じょうずな人が多いんですよ。演奏の合間に、そのおいしいレシピを教えてもらうこともありますよ」と。「えー、たしかに耳が繊細な人は舌も繊細そう(思い込み?)。そのレシピ、教えてもらえないでしょうか!」ということで、世界中のミュージシャンからおそわったレシピをこちらでご紹介いただきます。
料理は、その人が生まれ、育ってきた文化や環境を物語るもの、人生の欠片ともいえます。世界各地で生きる人たちの姿、人生の欠片のレシピから多様なSaveur 香りが届きますように。【編集部】

 
 

〈10皿め〉オーディオパフォーマー、ワエル・クデの真正レバノンのタブーレ
――パセリのサラダ、水はだれのもの――

 
 

 
在りし日のレバノン、ベイルート。
1990年に内戦が終結した今も、通りには銃撃の傷を残した建物と壁が連なる。今を生きる人々のユーモアと混沌。今は銀行が連立する界隈にはかつて市場があり、街の中心で食材を買うことができたと、内戦中この街で生き抜いた友人が教えてくれた。
 
「爆撃が激しいと、学校が休みになってね、家の中でしか遊べなかったの。アパートの長い廊下は真っ暗で、大人たちはサロンでひそひそと話しをしていたの。」
 

 
内戦中にフランスへ家族共々亡命したワエル・クデ(Wael Koudaih)は、その後ターイフ合意(1989年)により内戦終結となったレバノンに戻る。
 
当時はアラビア語を話せなかったそうだ。3歳から中学校に上がるまでフランスの学校教育で育ったのだから当然だ。根っからのアーティストである彼はその後ベイルートの美術大学に進み、並行してAks’serというバンドを結成する。
 
ここで注目すべきことは、彼らが時代の流れであったヒップホップを取り上げつつ、なんとアラビア語でラップをしたことだ。ワエルはRayess Bekという名のラッパーとして、2000年初頭レバノンをはじめ中東の音楽シーン、特にヒップホップ界のパイオニアとなった。彼の後を追って多くの若者がアラビア語で彼らの音楽世界を構築することになる。
 
Rayess Bekオーケストラを結成しヨーロッパ各地で演奏をし、時にフランス語で、アラビア語で、英語で観客を陶酔させる。

厭世的言葉、明確な批判対象としての固有名詞を使い、モロッコでは何万という若者を言葉で鼓舞した。リズム、ゼスチャー、叫び、彼自身の身体が音となった。
 

La min? Rayess Bek ريس بيك

 
ヒップホップという方法とは別に、音楽活動の延長として、「Good Bye Schlondorff 」というサウンド・映像パフォーマンスも始めた。物語はこうだ。
 
ある日ワエルは叔母の車のダッシュボードにカセットテープを見つける。音楽が聴けると思いきや、スピーカーから流れ出た言葉は祖母の声だった。内戦中、手紙も、Faxも、電話もできぬ人々は、カセットテープにメッセージを吹き込み、それを家族が亡命する国にわたる人々に託し、コミュニケーションを図っていたのだ。音の書簡。
 
このカセットをきっかけに、彼は方々に、今も残るカセットテープ書簡を探すことになる。手元に集まった、戦火に生きる人々の声。声の後ろには爆撃音さえ聞こえる。
 
そこで生まれたアイデアとは、1986年、ドイツ人映画監督フォルカー・シュレンドルフによる「Die Fälschung」(英語タイトルはCircle of Deceit)という映画のメイキング映像を使いながら、そこにカセットテープの音源を組み入れるというもの。
 
シュレンドルフ監督は、レバノン内戦の現実を映画にするのに、当初はアルジェリアでの撮影を考えていたそうだ。しかし、映画というフィクションを、さらにフィクションとして戦火にはないアリジェリアという土地を使うのではなく、実際その只中で撮影をするという強行にでた。彼は映画の主役にこう言わせている。「一体何が現実で何がフィクションなのだ」。
 
メイキング映像と生身のレバノン人の声が録音されたカセットテープ。内戦中の時間そのままを今に蘇らせる音と映像の交通。約50分におよぶこのパフォーマンスは、今もレバノン各地で行なわれている。
 

 
戦争を知らない世代、とはよく耳にするが、知らぬ世代が知る権利として、いや実のところ義務として、ワエルの作品は音楽という手法で内戦が何であったかとわたしたちに示してくれる。
今年、彼の母校の美大で行われたパフォーマンスには、在籍する生徒たちが固唾を飲んで見入っていた。またフランスでもジャズフェスティバルやカルティエ財団といった場で、多くの人が当時の映像と音に触れた。
 
「中東のパリ」と呼ばれたこの街の、美しい建物に悲惨な銃撃跡を残す豪邸は今はもう家主を待っていない。
亡命した者と残った者。そして母国に戻った者。
 

 
何度か訪れたこの街では今、NPOやギルド的方法で運営されるアート活動の場が増えている。廃屋同然の建物、アパートは、ダンスのリハーサルにデザイナーたちのアトリエ、音響スタジオ、料理講座に文芸会など様々な分野に開かれる場となった。
 
レバノンでの演奏の際、わたしがパリで日本の家庭料理を教えていると知ったワエルは、ベイルートでもやってみようと提案してくれた。
 
さて、アジアの食材が揃うか不安ではあったがともかく現地で手に入るもので作ろうということになり、魚の煮付け、南蛮漬け、鍋物、みたらし団子を作ることとなった。
友人宅では素麺にほうれん草のおひたし。蓋を開けてみれば目下スシブーム。今やスーパーマーケットでは米酢に醤油、海苔まで売っているではないか。
 
しかしここでの問題は食材の入手ではなく、水道水にあったのだ。野菜を洗う水として水道水が使えないとは……。
 
2016年はゴミ問題が発生し、街のいたる所に家庭のゴミが置かれていた。レバノンはモザイク国家と呼ばれる通り、政治体制は限りなく宗派別で構成されている。宗教の主要三派(キリスト教ロマン派、イスラム教スンニ派、イスラム教シーア派)のようやくのバランスの上に成り立っているのだ。
政府がゴミ処理場を確保できず、街に氾濫する悪臭を前に市民のデモが起こった。インフラ問題は政治的権限をめぐる各宗派間の対立、汚職に翻弄され、なかなか解決しない。
 
水も同様だ。土壌や水の汚染が深刻なため、水道水を飲用や食事の準備のために使う人は少ない。かわりに人々は一家に一台ミネラル水が入った大きなタンクを備えている。
 
流しで野菜を洗えないのでタンクから桶に水を何度も汲み使うという初体験に、日本料理とは何か、と自問した。素麺を湯がく、野菜を冷水で洗う、米を研ぐ。ふんだんに使える水の存在。日本の国民が平等に使うことのできる水。無意識の中にある良質の水。それが現在、水の民営化として危機におかれているとしても……。
 

 
料理講座に参加した生徒からはレバノン料理のなんたるかを教えてもらい、最後に試食の時間となった。メッゼと呼ばれる様々な皿に盛られた料理をみなで分けながら食べる。ホンムス、ケフタ、ババガヌーシュ…etc
 
ワエルとの演奏旅行ではベイルート以外での土地でも食事を共にしたが、いつも彼が必ず頼んだのは、タブーレというイタリアンパセリのサラダ。彼は熱くこう語ってくれた。
 
「レバノンのタブーレとは、95%がパセリの葉で、少しのトマト、オニオン、ブルグル(挽き割り小麦)、そしてたっぷりのレモン汁とオリーブオイルで作るんだ。ぼくの祖母はタブーレを作るのは女性の一日仕事だと言っていたよ。確かにそうなんだ。丁寧に洗い、水気を切り、葉と茎の部分を分け、細かく細かく刻む。丁寧にね。大量のパセリの葉を使うから、気長にやらないとうんざりしてしまうんだよ。」
 
今では便利な道具や器械で作業は楽になっただろう。しかし、よく研いだ包丁で、束ねた葉を時間をかけて刻んだものと、器械を使い数分で刻むそれとでは、口当たりも見た目にも断然差が出る。日本的にいったら、大根おろしはやはり手でおろさねばあの味にはならないのと同様なのだ。
 
フランスでみかけるタブーレはパセリのサラダというよりスムール(クスクスの粒)が8割を占める。そこに少しだけトマトだのパセリが入っているものだ。
揚げ物や肉の煮込みなどのメッゼと一緒に食すレモン汁の効いたこのサラダは、レバノン料理に欠かせない一品だろう。
 

 
ということで、ワエルが教えてくれた真正レバノンタブーレTabboulehにいざ挑みます。
 
作業のお供はフェイルーズの歌声から始めて、パセリを刻む段階になったらワエルのラップを聞きながら、リズムよく気長に包丁仕事をしよう。
お天気がよければアラック(水を加えると白濁するアニス系の酒)を飲みながら、そして刻む腕が疲れたら、アラックのコップに氷をもう一個入れて、オリーブをつまんで休めばいい。ちょっとほろ酔い気分で元気を取り戻そう。
 

Schizophrenia” Rayess Bek Orchestra

 

Beirut Speaks Jazz feat. RAYESS BEK – Bissoukout/Angel Eyes

 

◆材料:4人分
イタリアンパセリ 100g / ミントの葉 20g / トマト 1個 / ブルグル(クスクスで代用)大さじ1 / 赤玉ねぎ 1/6個 / レモン汁 2個分 / オリーブオイル 大さじ4 / 塩 小さじ1 / ホワイトペッパー 小さじ1

 
【1】 パセリは使用する前日に洗って水を十分に切って、紙袋に入れて冷蔵庫で保管。あるいはクッキングペーパーに包みビニールの袋入れる。


【2】ブルグル(クスクスでも代用可)をレモン汁でふやかす。トマトは小さい角切り。玉ねぎはみじん切り(新玉ねぎがあればベスト。匂いが強くない)。

【3】 パセリの葉を細切りにする(できれば包丁で)。ミントも同様。



【4】パセリ、トマト、玉ねぎをオリーブオイルとレモン汁、塩、コショウ、ふやかしたブルグルと混ぜて15分ほどおく。



【5】(ミントが酸によってやけないようにするために)サービスする前に刻んだミントと混ぜ、レタスの葉を添えてできあがり。


 

 
一見簡単にみえるパセリのサラダ、タブーレ。どうやら洗い方や乾かし方、そして刻み方までその作業ひとつひとつがうまい味を作る要素となるようだ。
 
ここで大事なのは調理する前日に葉を洗っておくこと。この方法はどんなレシピ本にも載っていない。ワエルだけでなく、タブーレの魅力にはまったわたしは色々な人にそれぞれの作り方を聞いてみた。
毎回試すたびに何かが違うと思いつつ、たどり着いた答えは洗った後の処理であると知った。ワエルより少し年下のヒップホップバンドのリーダーであるFareeq el Atrashのジョンのお手伝いさんが教えてくれたのだ。彼女は以前星付きレストランホテルで働いていたと言い、細かいアドバイスをくださった。
 
水気が完全に切れていない葉を刻むと、葉と葉がくっつき、また水気により葉が焼けてしまうので色合いも悪くなる。なにより包丁に葉がくっつくものだから作業がはかどらない。パリッとした葉をサクサクと斬り刻む気持ちよさ。
 
もう一つのコツは、茎の部分をまとめ、右利きであれば葉を右に置き刻むのだという。決して刻み潰してはいけない。キャベツを細切りにするように、包丁は一回切っては左にずらし、また切る。
 
縄文人は一日の労働をおおよそ4時間としていたそうな。労働後にごはんを作る時間を設けたのか、あるいはごはんをつくること自体がある人にとっての労働だったのか。
 
今日、タブーレを作るだけの一日、という日があってもいいではないか。
タブーレをつくる作業が仕事となるのか、娯楽となるのかは、それぞれの時間の捉え方次第。
 

 
ワエルの音を介した表現は、カセットテープやターンテーブル、パソコンといった時代の技術を使い、過去の音の欠片を用い、自らの生い立ちと世界との交通を探る行為だ。
 
それはわたしたちは今、何をしているのか、という問いでもある。
彼は音楽を通じてパレスチナ問題、中東戦争とは何かと問いかける。その本質を。
 

 
中東で起こっている戦争は水をめぐる争いという面があるとも考えられている。中東の地中海沿岸は乾燥地帯で、水の確保は大きな問題となる。第3次中東戦争(1967年)は、シリアとイスラエルのヨルダン川の水をめぐっての対立があったといわれているし、ヨルダン川西岸・ガザ地区とこの川の水源であるゴラン高原は、この戦争以来、長らくイスラエルによって軍事占領され、パレスチナの水資源を一方的に支配し続けているといわれる。
 
同様に、レバノンには水源が豊富なレバノン山脈とリタニ川がある。ここを水源として豊かな自然を誇るベッカー平原南部は、南で国境を接するイスラエルの侵略を何回も受けている。イスラエルは自国の安全保障のためだと主張しているが、その背後には水資源の接収という問題がある。
 
そこである人は諧謔を込めて言う、「イスラエルの金持ちたちはスキーをするために隣国に戦いを挑んでいる」と。
 

 
レバノン内戦は宗教・宗派の対立、イスラエルとアラブの対立、アラブの国同士の駆け引き、専制政治と反政府運動、パレスチナ難民など問題だけではなく、人々が生きるために何が必要なのかという問いをも突き付けてくる。
 
なぜ戦争が起こるのか。
一直線に断たれた国の形は何を意味するのか。
切り断ったのは誰なのか。何のためなのか。
 
レバノンは多様な背景を持つ人々が生きる国であり、多言語国家でもある。複雑な交わりがあの土地で共生を可能にしていた。
しかし、歴史の中にはいつも権力や利権という負の魔法にとりつかれた人間の思惑により、市井の民は分断される。ことごとく分けられ、だれのものでもない水を自分たちだけの身体に溜め込む。
 

 
Schizophrenia(二重人格)というワエルの楽曲はタイトル通り、この国に生きる人々の二重性を語ったものだ。そして、旋律に乗せて躊躇わず彼は語る。
 
「俺らは何を待っているのだ」と。
「だれが俺を黙らせるのだ」と。
 
彼は今、映像作家ラ ミルザ(La Mirza)とLove and revengeという新しいプロジェクトを立ちあげ、各地でパフォーマンスを行っている。
40年代以降のアラブ映画の黄金時代を代表する女優で、歌手のナジャ エル サイラ(Najat Al Saghira)が出演した映画の映像を編集し、ライブ演奏を組み合わせたものだ。映像の中にいる人々、舞台の上で演奏をする人々。かれらの音楽を介した運動性は観客の身体を動かし、心をも振動させる。
 
このプロジェクトのスローガンにはこうある。
「少しのノスタルジー、希望、愛情、そしてユーモアを」。
 
アートとは、人々の生きる歴史に語りを添え、物音や香りを想像させる。
そこには食べるという行為も含まれていると確信する。
 

Love and Revenge: the official demo 1

 
◆水問題について参考となるサイト
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2007-01-10/2007011006_01_0.html
https://cqegheiulaval.com/les-eaux-du-liban-facteurs-de-tension-avec-israel/
https://www.alterinfo.net/Liban-Israel-les-dessous-hydropolitiques-d-une-tension_a134427.html


 
 
《バックナンバー》
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〈2皿め〉シリア人フルート奏者、ナイサム・ジャラルとつくるملفوف محش マルフーフ・マハシー Malfouf mehchi
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〈9皿め〉ブルキナファソの納豆炊き込みごはん!? ――発酵世界とわたしたち――
〈10皿め〉オーディオパフォーマー、ワエル・クデの真正レバノンのタブーレ――パセリのサラダ、水はだれのもの――
〈11皿め〉風を探す人々――西ベンガル地方、バウルのつくる羊肉のカレー――
〈12皿め〉生きるための移動、物語――アルバニアのブレクBurek――

仲野麻紀

About The Author

なかの・まき  サックス奏者。2002年渡仏。自然発生的な即興、エリック・サティの楽曲を取り入れた演奏からなるユニットKy[キィ]での活動の傍ら、2009年から音楽レーベル、コンサートの企画・招聘を行うopenmusicを主宰。フランスにてアソシエーションArt et Cultures Symbiose(芸術・文化の共生)を設立。モロッコ、ブルキナファソなどの伝統音楽家たちとの演奏を綴った「旅する音楽」(せりか書房2016年)にて第4回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。さまざまな場所で演奏行脚中。ふらんす俳句会友。好きな食べ物は発酵食品。