「再会」の意味が食い違うこと
宇宙ステーションでの訓練を終え、ノリコたちは新たに作られた宇宙戦艦に乗り込んで実戦を経験します。宇宙船の時計では実戦の時間は数か月ですが、戦闘の成果をあげてノリコたちが地球に戻ると(5話)、10年の時間が経っています。
ノリコとカズミは、同級生の誰もいない卒業式に参加します。カズミはノリコよりも2年先輩なのですが、その差は10年という時間のなかに飲み込まれます。1年生だろうが3年生だろうが、10年後には卒業しているものです。卒業式の帰り道に、ノリコは学生時代の親友のキミコと出会います。この時、物理的にはまだ17歳であるノリコに対して、キミコはすでに27歳になっており、タカミという幼い娘の母親になっていました。ここで二人のズレはたんに年齢差ということだけではありません。ノリコにとってはキミコと別れてまだ数か月ですが、キミコの方は、ノリコとの10年ぶりの再会なのです。ロボット部隊の選抜メンバーに選ばれたためノリコの学園生活は実質的には4か月しかなく、おそらくキミコと過ごしたのも4か月だけでしょう。ノリコが不在の10年を過ごしたキミコにとって、学園生活の4か月は遠い過去であり、そして、その間に何度も思い出されたでしょうから、より濃く、特別なものになっていると思われます。しかし、ノリコにとってキミコとの別れは最近であり、「ああ、久しぶり」という程度でしょう。
ノリコとキミコとでは、同じ時間を共有した「同じ過去」との距離が異なるのです。ノリコにとってのキミコとの再会の驚き(違和感)は、つい数か月前まで同級生だったキミコが急に大人になってしまっていることでしょう。違和感は「変化」に対するものです。しかし、キミコにとってのノリコとの再会の驚きは、10年も会えなかった親友が、昔のままの姿で唐突にあらわれたことでしょう。ここでキミコは「時間の長さ」というものを感じるでしょう。親友との再会という同じ出来事を、二人は別様に経験するのです。ノリコとキミコは、同じ系の地球の時間で再会した後ですら、別の時間を生きているかのようです。しかし、観客である我々には、それでもなお二人を友人として結び付けている何かがあるように感じます。ここには、『ほしのこえ』にあった「奇跡としての同期」がないにもかかわらず。
『トップをねらえ!』の物語は、基本的には主人公ノリコの視点(時間)に寄り添って進行します。しかし、系の異なる複数の時間との接触は、ノリコの系とは異なる時間の存在を強く意識させるという意味で、きわめて多視点的だと言えます。この場面でも、キミコの登場によって、キミコの側にある別の時間が、ちょっと研修に行くという感じで気軽に別れた親友に10年も会えなかったというその長さへの感嘆が、(ノリコに寄り添ってきた)観客の意識のなかにも、ふいに開かれるのではないでしょうか。
ズレの極大化と、通路
『トップをねらえ!』の物語を、ノリコ、カズミ、キミコという三人の観測者の時間(時計)がズレてゆく過程として考えることができます。ノリコとカズミの関係の強さは、1話から5話までずっと同じ系の時間にいるということで表現されます。宇宙ステーションとズレ、地球とズレても、二人だけは常に「同じ時間」のなかにいます。対して、ノリコとキミコの関係は、ずっと別々の系の時間に属していながらもなお、通じ合うものがあるという形の関係の強さです。ノリコとキミコの再会は、ノリコの卒業式の時のたった一度だけで、その後二度と実現することはありません。
5話の後半、数億という単位で襲ってくる宇宙怪獣を、小型のブラックホールを発生されることで迎撃するというミッションを二人で成功させた後、カズミは、病気で余命が短いと思われるオオタとともに暮らすために地球に残ることを選択します。ノリコは宇宙で戦闘に参加しつづけるので、二人の時間はここではじめて別々のものになります。
最終回の6話の冒頭は、5話の最後の時点から15年後の地球です。すでにオオタは亡くなっており、カズミは30代半ばに、キミコは40代半ばなっています。宇宙怪獣に襲われつづける人類は、木星のすべてを使ってつくるブラックホール爆弾で、怪獣の発生源である銀河の中心部をまるごと破壊してしまうという壮大な計画をたてます。この計画が失敗すれば人類の存続は望めないという瀬戸際の作戦です。そして、カズミはこの作戦に参加するために再び宇宙へ出るのです。カズミとノリコは再会します。宇宙にいるノリコは未だ17歳のままで、キミコの娘のタカミに追いつかれてしまっています。物語の最初からここまで、地球では25年以上の時間が経っていますが、ノリコにとっては1年にも満たないのです。
ここでは、この物語の終わり方を明言することは避けますが、ノリコとカズミは地球との時間のズレが極大化してしまうですが、それでも地球に戻ってきます。最後まで「奇跡としての同期」はありません。しかしラストでは、ズレが極大化してしまったからこそ生じる、ズレた時間系の間の「通路」が見事な形で示されます。このラストがあるからこそ、『トップをねらえ!』という作品が多くの人の心に残っているのだと言えるでしょう。
結び 同期と再会
特殊相対性理論は、同時性という概念の自明性を崩壊させます。出来事αと出来事βが起ったのが同時であるかないかは、二つの出来事が起こったそれぞれの系の運動の状態と観測者の位置に依存します。観測者ごとに、それぞれ異なる現在をもつと言えます。そして、観測者の移動(運動)によって、同時性の配置が変化するのです。かつていた場所で過去の出来事だった出来事が、移動によって現在に配置されることさえあります。
さらに、あらゆる運動は相対運動です。ミュー粒子は、静止状態では2.2マイクロ秒しか存続できませんが、光速に近い速さで移動することでその10倍の寿命を得ます。しかし、この静止と亜光速という違い、2.2マイクロ秒と22マイクロ秒との違いは、ミュー粒子と観測者との関係において、観測者からみられた違いであり、ミュー粒子自身の視点でみられた寿命が変化するわけではありません。
かつて、相対性理論は宇宙空間のような広大なスケールを考える時にのみ意味をもつと言われましたが、現在では地表の微妙な標高差を測るというスケールでも使用できそうなところまできています。それはつまり、我々が生きている現実のスケールで、相対性理論が効いているということです。それは、我々が生きているフィクションのなかでも効いてくるということだと考えられます。
『ほしのこえ』では、「同時性」が自明ではなくなったからこそ、編集(出来事の人為的な再配置)によって、メールの発信と受信という意味的継起性を利用して、同時性が人工的、虚構的につくりだされています。このことは、現代の我々が感じる同時性が、そもそも虚構的につくられるものだということを示してもいると思います。例えば我々は、90年代、ゼロ年代というふうに、ディケイドごとにひとまとめにして「一つの時代」を考えます。あるいは、同世代であることによる、ある種の感性の共有を感じたり、3・11以降というふうに、大きな出来事の前後にある時代平面の断絶を強調したりします。しかしそのような時代平面(同時代性)の切りだしは、自明なものでも十分な根拠のあるものでもありません。それらは虚構的に作り出され、多くの人に受け容れられることによって、虚構的な同時性という次元を生みます。
このことは、新たな、今までのものとは異なる「虚構的同時性」の形を考えることも可能だということです。それは例えば〇〇年代や〇〇以降と言われるようなものとは「別の現在」であり、あるいは「現在の別のあり様」です。その時は、過去と思われていたり、未来と思われている出来事を、同時的なもの(現在)として配置することになるかもしれません。
『トップをねらえ!』においては、そのような虚構的な同時性(同期性)とは別の、物理的な非同期性こそが強調されています。6話の途中までの段階で、地球の時間が25年過ぎる間に、ノリコの時間は1年も経っていません。しかしそれは、ノリコが地球にいる人の25倍以上長生きするということではありません。内的にみるならば、ノリコの1年もキミコの1年も同じ1年と言えます。ただ、ノリコの1年とキミコの1年とが同期しないのです。一方、この物語のほとんどの場面で、ノリコとカズミは同じ時間の系のなかにいて、同期しています。そのことが二人の関係の強さを示します。しかし、この作品は最終的には、同じ時間の系を共有することの強さよりも、異なる時間の系と「再会する」ことによって生じるズレが生み出すものの方に重きを置くのです。決して同期することのできない、ズレが極大化した地球との「再会」の瞬間が、この物語の最も美しい瞬間を形作ります。これを「美しい」と感じる感情は、特殊相対性理論によって可能になったものなのです。
この項了。次回、10月5日(水)更新予定
相対性理論については、次の本を参考にしました。
『高校数学でわかる相対性理論』(竹内淳)
『数学は相対論を語る』(リリアン・R・リーバー)
『空間の謎・時間の謎』(内井惣七)
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第6回 仮想現実とフィクション 『ソードアート・オンライン』『電脳コイル』『ロボティクス・ノーツ』(1)
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第4回 冥界としてのインターネット 「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」と「serial experiments lain」(1)
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