夢をかなえるための『アントレプレナーシップ』入門
㉗計画が先か、行動が先か

About the Author: 高橋徳行

たかはし・のりゆき  1956年北海道生まれ。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。1998年バブソン大学経営大学院(MBA)修了。2003年より武蔵大学経済学部教授。2015年より同大学経済学部長(2017年まで)。2022年より同大学学長。主著は、『起業学の基礎』(勁草書房)、『アントレプレナーシップ入門』(共著、有斐閣)などがあり、訳書としては『アントレプレナーシップ』(共訳、日経BP社)などがある。日本ベンチャー学会清成忠男賞審査委員長、日本中小企業学会幹事、企業家研究フォーラム理事、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダーなどを兼任。
Published On: 2024/2/28By

新しい事業を始める時、計画をじっくり考えてスタートするという考え方と、まずは行動という考え方の2つがあります。みなさんはどちらを重視されますか。本連載では、アントレプレナーにとって重要な計画と行動のバランスを考えてみます。[編集部]
 
 
 この連載の中でも、何度か登場してきた「エフェクチュエーション」という言葉を、最近では新聞などでもよく見かけるようになりました。エフェクチュエーションは、「まず行動を」を重視する考え方であり、例えば、その原理の1つである「手中の鳥(Bird in Hand)」は、とりあえず、手元にあるものを使ってやってみるということです。不確実な環境下で前に進もうとする時に効果を発揮します。アントレプレナーシップにとって行動が重要であることは間違いありませんが、その流れの中で、事業計画書もしくはビジネスプランを作成することを軽視する動きも見られます。プランとアクション、計画と行動の2つのバランスをどのように取ればよいのでしょうか。今回、考えてみたいと思います。
 
ビジネスプランは死んだのか
 
 昨今、事業計画書、もしくはビジネスプランに対する評価が低下しています。自分の頭の中で「妄想」した顧客や顧客ニーズを考える時間があるならば、「本物」の顧客や顧客ニーズを発見する時間に当てるべきという主張です。プランを作成するよりも、まず行動せよということです。
 
 確かに、この主張の土台ともいえるアメリカのスティーブン・G・ブランクが構築した「顧客開発」モデル、顧客開発モデルを進化させたエリック・リースによる「リーン・スタートアップ」モデル、さらにリーン・スタートアップを実践へと導くエフェクチュエーションから学ぶことが多いのは事実です。
 
 次のような調査結果もあります。Yashar Mansoori & Martin Lackéusによると、①知識の創造、②価値の創造、③修正能力、④ピボットの可能性、⑤継続的な学び、⑥経営資源の管理、⑦利害関係者との対話、⑧不確実性のマネジメント、⑨チームビルディングという9つの視点から、エフェクチュエーション、デザイン思考型アプローチ、そしてビジネスプラン(の作成)を比較すると、最も評価が高かったものはエフェクチュエーションであり、ビジネスプランは最低でした(図表1)。
 
 また、国際的な経済雑誌である『Forbes』2013年5月号に掲載された記事では、「Why Business Plans Are Worthless」(ビジネスプランが価値を持たない理由)というタイトルで、次のような文章が堂々と掲載されています。
 
 When you’ve really got the entrepreneurial bug, the last thing you want to do is sit down and write a business plan.(本当に起業家精神が芽生えた時、一番やりたくないことは、腰を据えて事業計画を書くことだ。)
 
 さらに、筆者が卒業した後に、バブソン大学の学長に就任したLeonard A. Schlesinger(バブソン大学12代学長。在任期間は2008-2013年)も、自身の本(Leonard A. Schlesinger et al., 2012, Just Start: Take Action, Embrace Uncertainty, Create the Future, Harvard Business Review Press)の中で、次のように述べています。
 
1. You (or your parents, teachers, or bosses) forecast how the future will be.(あなた(またはあなたの両親、教師、上司)が、将来どうなるかを予測する。)
 
2. You construct a number of plans for achieving the future, picking the optimal one.(未来を実現するための計画をいくつか立て、最適なものを選ぶ。)
 
3. You amass all the resources (education, money, etc.) necessary to achieve your plan.(計画を達成するために必要なすべての資源(教育、お金など)を集める。)
 
4. And then you go out and make the plan a reality.(そして、その計画を現実のものとする。)
 
 ここまでは良いのですが、その後で次のような文章が来ます。
 
 But what is a very smart approach in a knowable or predictable future is not smart at all when things can’t be predicted.(しかし、未来がわかっている、あるいは予測可能である場合には非常に賢明なアプローチであっても、物事が予測できない場合には、まったく賢明ではない。)
 
 要するに、実際は将来のことなどわからないので、ビジネスプランの作成はあまり意味のあることではないということです。
 

図表1 アントレプレナーシップに効果的なアプローチ

注:オリジナルの図表は9つの視点それぞれの積み上げになっていて、少しわかりづらい。ここでは、オリジナルの図表よりシンプルにしている。また、比較対象となった方法も全部で6種類であったがここでは3つを紹介している。
出所:Yashar Mansoori & Martin Lackéus, 2020, “Comparing effectuation to discovery-driven planning, prescriptive entrepreneurship, business planning, lean startup, and design thinking,” Small Business Economics, Springer, vol. 54(3), pp. 791-818, March.

 
 ちなみに、Leonard A. Schlesingerは著書の中で、エフェクチュエーションの提唱者であるサラス・サラスバシーのことを何度も取り上げ絶賛していますし、Schlesingerが学長に就任した頃から、バブソン大学のプログラムにもエフェクチュエーションの概念が取り込まれるようになっています。
 
ビジネスプランに対する誤解
 
 1996年から1998年にかけてバブソン大学経営大学院(MBA)に通っていた筆者は、2年間の学びの結果として辿り着いた結論の一つは、「起業家教育とはビジネスプランの演習」ということでした。
 
 その理由は、看板科目であった「Entrepreneurship」をはじめ、「Directing Marketing」でも「Consumer Behavior」でも、また「Russian Business」であろうと、最後はビジネスプランを作成し、それを提出するとともにクラス内で発表することが求められたからです。前回(第26回連載)も触れたように、バブソン大学で受けた起業プロセスごとに行われる教育は、まさにビジネスプランの構成に沿ったものでもありました。
 
 自分自身の過去を正当化したいという思いはまったくありませんが、起業を取り巻く環境が、情報技術や通信技術の発達で飛躍的に変化したことを割り引いても、短期間でビジネスプランに対する評価が変わってしまったことには違和感を覚えます。
 
 また、今も、日本政策金融公庫主催の「高校生ビジネスプラングランプリ」などビジネスプランを冠とした大会やイベントが数多く開催されています。これらの大会やイベントはまったく意味のないことをしているのでしょうか。もちろん、決してそのようなことはありません。
 
 今、ビジネスプランの作成に対しての批判が噴出しているわけですが、この原因は大きく分けて2つあると思います。
 
 1つは、ビジネスプランに対しての誤解です。未来のことは誰もわからない、そのわからないことを前提に計画を立ててもうまくいくわけがないということです。これは、ビジネスプランの硬直性に触れたもので、本当に硬直的であるならば、この指摘は正しいです。しかし、実際には一度作成したプランを金科玉条のごとく守り続けなさいと言っている人などいません。
 
 次の文章は、当時のバブソン大学で、ウィリアム・D・バイグレイブ教授と並ぶ看板教授であったジェフリー・A・ティモンズ教授(2008年に67歳で逝去)が著書(Jeffry A. Timmons et al., 2004, Business Plan That Work, McGraw-Hill)の序文で語っていたものです。
 
 We have worked with hundreds of entrepreneurs over the years (over 75 years of combined experience) in varying capacities: as practicing entrepreneurs, professional equity investors, and board directors. Through our efforts we have come to appreciate the value of business planning.(私たちは長年にわたり(合わせて75年以上の経験)、実践的な起業家、プロの株式投資家、取締役などさまざまな立場で、何百人もの起業家と仕事をしてきました。その中で、私たちはビジネス・プランニングの価値を理解してきました。)
 
 そして次のように続けます。
 
 Will your business model change once you start the business? Absolutely. In fact, going through the business planning will result in modification even before you launch the business.(ビジネスを始めると、ビジネスモデルは変わるのですか? もちろんです。実際、ビジネス・プランニングを進めることで、事業を立ち上げる前であっても変更が生じます。)
 
 彼は、その後の文章で、ビジネスプランの作成は時間の無駄であり、出来上がった時には時代遅れになるという批判に対しても反論しています。そして、ビジネスプラン作成の効用は、作成するプロセスで起業家のアイデアがより明確になることになるとも言っているのです。
 
 ビジネスプランは事業を始める前の自分なりの「仮説」を整理したものであり、その仮説は仮説とは異なる現実に直面した時に柔軟に変えていきます。仮説の検証、検証による仮説の修正、そしてまた検証というプロセスがビジネスプランには内包されているのです。
 
 そのようなビジネスプランの実際の活用方法を知らずに、一度書いたものは一切書き直さないと思い込んでいるのであれば、確かに、ビジネスプランは時間をかけて作成するに値しないものに見えるでしょう。
 
コーゼーション対エフェクチュエーション
 
 もう1つは、アントレプレナーシップを実現していくための新しいアプローチが生まれたということです。情報技術や通信技術の発達により起業環境が変化し、行動重視型のエフェクチュエーションがうまく機能する起業のタイプが生まれたところまではいいのですが、新しいアプローチが従来のアプローチを全否定しようとしているところに大きな誤りがあります。
 
 この点について結論を先取りするならば、ビジネスプラン的アプローチとエフェクチュエーション的アプローチは特定のアントレプレナーシップが置かれた状況によって使い分けるものであり、また時には相互補完的に活用されるべきものであるということです。
 
 これは、他の経営学の分野を考えていただくと、容易に理解できると思います。例えばマーケティングです。古典的には、4P(Product, Price, Place, Promotion)が役に立つからと言ってすべての場面に対して万能ではありません。4Pは、マーケティングをする上で、「考えるべきこと」を整理したものであり、行動にかかる概念は、例えばAISAS(「あいさつ」と読みます)という、消費者の購買行動プロセスを説明するモデルがあります。これは、インターネット上で消費者がある商品を認知してから購買に至るプロセスを示したもので、Attention(注意)→ Interest(関心)→ Search(検索)→ Action(購買)→ Share(情報共有)の頭文字を取ったものです。
 
 ビジネスプラン的アプローチとエフェクチュエーション的アプローチの関係も次のように整理することができます。
 
 アントレプレナーシップ、つまり起業活動のプロセスもシンプルに分類すると、事業機会の実現と経営資源の調達の2つになり、その2つの関係も、①まず事業機会があり、それを実現するために必要な経営資源を揃える、揃えるために必要であれば外からも調達するというものと、②とりあえず手元にある経営資源を活用して何かを始めてみる、事業機会は最初からあるのではなく探したり、つくり上げたりしていくものと捉えるものです。
 
 前者は最初に目標をしっかり定めるという方法であり、一般にはコーゼーション(Causation)と呼ばれるものであり、後者は状況次第で目標をどんどん変えていくもので、まさにエフェクチュエーションです。
 
 図で表すと、コーゼーションは図表2のようになります。最初に定めた事業機会によって必要な経営資源が決まり、アントレプレナーはその経営資源を獲得することに集中します。ビジネスプランを作成して、そのプラン、目標を実現するために必要な経営資源を調達するということです。
 

図表2 コーゼーションによるアプローチ

資料:筆者作成。

 
 一方、エフェクチュエーションによるアプローチでは、事業機会と経営資源の関係が逆転します。つまり、経営資源が事業機会を決定するというモデルになります。
 
 エフェクチュエーションによるアプローチでは、手持ちの経営資源に何かできることを模索し、それに偶然的要素が加わり、当初は考えてもみなかった事業機会を見出すというものです。この模索過程が、リーン・スタートアップでは、顧客の声に耳を傾けたり、実用最小限の製品(Minimum Viable Product. 頭文字をとってMVPと言ったりします)を開発したりすることに相当し、その過程で、本来追求すべき事業機会が発見されるということです(図表3)。
 

図表3 エフェクチュエーションによるアプローチ

資料:筆者作成。

 
 一方、コーゼーションによるアプローチはモデル的には最初に事業機会ありきになります。事業機会を重視することは、ビジネスプランの重要性を唱えていたティモンズの著作にも随所に登場します。
 
 先ほど紹介した著書とは異なる、アントレプレナーシップのテキストのベストセラーにもなった『New Venture Creation』(2004年版)には、「At the heart of the process is opportunity(起業プロセスの中心にあるのは事業機会である)」(57ページ)、「The Entrepreneurial Process Is opportunity driven(起業プロセスの牽引役は事業機会である)」(58ページ)とあり、また経営資源についても、「One of the most common misconceptions among untried entrepreneurs is that you need to have all resources in place(経験のない起業家にありがちな誤解の1つに、すべてのリソースを事前に自前ですべて準備する必要があると思っていることだ」というものがある」(58ページ)とあり、足りない経営資源は外から調達すれば良いという考え方が示されています。
 
 いずれにしても、実際の起業プロセスは図表2のようにも進まないし、図表3のようにも進まない。目標、すなわち事業機会は実際に動き始めることで変わったり修正されたりするし、手元にある経営資源だけでずっと試し続けることもない。ある段階になると事業機会が明確になり、それを実現するために必要な経営資源の調達に迫られたりするのです。
 
 現実には何が起きているかと言えば、図表4のように、頭の中にあった事業機会は「市場化テスト」を通して修正されて新事業機会となり、経営資源も調達能力という制約条件が加わったり、新事業機会に合わせた新経営資源となったりして、計画時点のものとは変化します。つまり、コーゼーションによるアプローチもエフェクチュエーションによるアプローチも両方活用して、実際の起業プロセスは進むのです。
 

図表4 実際の起業プロセスの進み方

資料:筆者作成。

 
 「One size does not fit all」と言われるように、起業プロセスを理解するには、1つの概念だけでは不十分です。繰り返しになりますが、ビジネスプラン的アプローチとエフェクチュエーション的アプローチは特定のアントレプレナーシップが置かれた状況によって使い分けるものであり、また時には相互補完的に活用されるべきものであるということです。片方だけを全否定するのは現実的ではありません。
 
 
 これまでの連載では、個々の、一人ひとりのアントレプレナーに着目してきましたが、次回は起業活動が活発化するためにはどのような地域環境が必要なのかを考えます。かつての工業集積地で核分裂するかのように起業家が生まれる地域でもなく、また、人口急増地区に人々の生活に必要な事業を次々に生まれるものでもなく、どちらかと言えば、人口が減少している地域を対象にした話になります。日本の地方の地域を見ると、ほとんどが過疎化、限界集落に向って一直線という状況です。しかし、アントレプレナーシップが力となって元気を取り戻しつつある地域も散見されます。そのような地域から何を学ぶべきかを考えてみたいと思います。
 
》》》バックナンバー
①日本は起業が難しい国なのか
②起業活動のスペクトラム
③「プロセス」に焦点を当てる
④良いものは普及するか
⑤Learning by doing
⑥連続起業家
⑦学生起業家
⑧社会起業家
⑨主婦からの起業
⑩ビジネスの世界だけではない
⑪不思議の国の企業活動:「日本」
⑫なぜ第一歩を踏み出せないのか
⑬起業後のリスクや不確実性への対応
⑭起業家になるための能力・起業家に求められる能力(1)
⑮起業家になるための能力・起業家に求められる能力(2)
⑯アントレプレナーシップは私たちの世界に何をもたらすのか:起業活動の社会的意義とは何か
⑰アントレプレナーとは誰なのか
⑱市場を生き抜く「強さ」とは何か
⑲アントレプレナーを育てることは可能なのか
⑳アントレプレナーの資金調達(1) 
㉑アントレプレナーの資金調達(2) 
㉒アントレプレナーの資金調達(3) 
㉓アントレプレナーの資金調達(4) 
㉔アントレプレナーの資金調達(5) 
㉕起業家教育が目指すこと(1) 
㉖起業家教育が目指すこと(2) 
㉗計画が先か、行動が先か 

About the Author: 高橋徳行

たかはし・のりゆき  1956年北海道生まれ。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。1998年バブソン大学経営大学院(MBA)修了。2003年より武蔵大学経済学部教授。2015年より同大学経済学部長(2017年まで)。2022年より同大学学長。主著は、『起業学の基礎』(勁草書房)、『アントレプレナーシップ入門』(共著、有斐閣)などがあり、訳書としては『アントレプレナーシップ』(共訳、日経BP社)などがある。日本ベンチャー学会清成忠男賞審査委員長、日本中小企業学会幹事、企業家研究フォーラム理事、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダーなどを兼任。
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