連載・読み物

めんどうな自由、お仕着せの幸福
番外編1:『ナッジ!?』刊行記念・編者対談(前編)「「小さなおせっかい」の楽園と活動的生」

昨年掲載した本連載にご登場くださった方々による書き下ろし単行本『ナッジ!? 自由でおせっかいなリバタリアン・パターナリズム』が、5月末に刊行となりました。そこで、編者である那須耕介さんと橋本努さんによる刊行記念対談を、2回にわたってお送りします。連載のはるか前からずっと本企画に携わっておいでながら、ずっと隠れて(?)いらっしゃった橋本さんが満を持してのご登場です。お二人は15年来の長いつき合いがある、同い年。北海道と京都を結ぶ、いまならではのビデオチャットで本書を振り返りつつ、コロナに見舞われた現状も含めてナッジについて語り合った内容を、どうぞお楽しみください。……やっぱりけっこう真面目ですけど、やっぱりなぜかおもしろいですよ。[編集部]

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 23〉捜査幹部から賭けマージャンの誘いを受けたら

自粛期間中に飛び込んできた超弩級のスクープ。1週間も経たないうちに辞任と謝罪で幕が下ろされた感がありますが、過去の話にしていいものではありません。取材先との関係をあらためて考えてみます。[編集部]

ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた――人生の欠片、音と食のレシピ〈番外編2〉

人類生まれてこのかた、移動とともに、たべものと音楽も広範に移ろい、現在に至ります。 移動という行為のもとにあるのは生きるということであり、移動の中にも定着の中にも生活があります。その生活において、人々は食べ、働き、語り、眠り、信仰を内に秘め、生きる空間に響く音を毎日の支えとする。こうして音楽が絵が文学が、何かが生まれる。 今日食べる皿の中に、今日聞く音楽の中に、育てる作物の中に、手の仕事の中に……生活の中に文化があるのだと思います。

ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた――人生の欠片、音と食のレシピ〈番外編1〉

友人で、今はパン職人であるやまちゃんは、大学終了卒業旅行で訪れたフォンテンヌブローの森からの帰路、その運命を変えた。 午前中の森の中に差し込む春の光。パリへ戻る電車を待つ3月夕暮れ。駅舎は閉まっている。短日つづくプラットホームにあるのは底冷え。 駅近く、唯一開いていたパン屋で買った焼きたてのバゲットをかじる。 東洋哲学を専門とし、就職先も決まっていた彼は、その瞬間パン屋になろうと決心したそうだ。

憲法学の散歩道
第7回 自然法と呼ばれるものについて

 A. P. ダントレーヴは1902年、ヘクトール・パセリン・ダントレーヴ伯爵の四男として、スイス、フランスとの国境に近いピエモンテ州のアオスタに生まれた。トリノ大学で法学を修めた後、ロックフェラー財団の支援を得てオクスフォードのベルリオール・コレッジで学んだ。彼がオクスフォードで研究対象としたのは、神学者リチャード・フッカーである。1929年、イタリアに帰ったダントレーヴはトリノ大学の講師となり、メッシーナ、パヴィアでの教歴を経て、1938年にはトリノ大学教授となる。しかし、彼は教職を退き、故郷に帰ってレジスタンス運動に身を投じた。解放後の短期間、彼はアオスタの市長を務めている。……

夢をかなえるための「アントレプレナーシップ」入門
④良いものは普及するか

高橋徳行先生の連載第4回です。今回は、ほとんどのアントレプレナーが経験すること、絶対の自信をもって開発した商品やサービスを周りの人になかなか認められないことに着目します。そして、誰もが経験する危機を克服するための多くのヒントを提供してくれる事例を紹介します。[編集部]

コヨーテ歩き撮り#105

フィンランド、森と湖の地帯にある町ラハティのギャラリーで、小島ケイタニーラブの生演奏。「東京のかもめ」! At a gallery in Lahti, a beautiful town among the woods and lakes, my friend Keitaney gave his little solo concert. Seagulls are called "lokki" in Finish. The audience immensely loved one of Keitaney's songs called "Tokion Lokki"!

「名もなき家事」の、その先へ――“気づき・思案し・調整する”労働のジェンダー不均衡
vol.13(最終回) [対談後記]連載の結びにかえて/平山亮・山根純佳

「名もなきケア責任」のジェンダー不均衡をめぐって始まった平山亮さんと山根純佳さんの往復書簡。長きにわたった連載もついに最終回、今回は前回の対談を受け、お二人による対談後記をお届けします。 新型ウイルス感染拡大に伴う世界的「緊急事態」のなかで、要介護者や子どもの生(life)を支えるケアが「家庭内」に求められる現在。このケアの危機を乗り越えるためにすべきこととは。 日々の実践を通じて不平等な構造は変えられるし、私たちは協働のパートナーになれる。この危機のなかで、よりよい社会に向け歩みだすために。[編集部]

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