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ベルクソン 反時代的哲学

藤田尚志

 ベルクソンについてはあまりにしばしば非合理主義ということが言われてきた。「硬直した理性がしなやかな理性以上のものであることを望む」この度し難い偏見を脇目に、ペギーはすでにこう断じていた。「そうではなく、最も緻密で最も厳しいのが、しなやかな方法であり、しなやかな論理、しなやかな道徳であることは明らかである」 。ここから次のような問いが生じてくる。ベルクソンにとってこの種の新たな論理の探究が重要であったのだとすれば、なぜ彼はそれをはっきりと定式化せず、明確に規定しなかったのか?それが可能でなかったのだとすれば、それはいかなる理由によるのか?
 ベルクソンは、大胆な小説家ですらも、日常生活の論理の「根本的な不条理性」を「明示する」ことはできず、ただその「驚くべき非論理的な本性」を「推し量らせる」ことしかできない、と述べていた 。この意味で、メジャーな概念は明示しようとし、マイナーな論理は示唆しようとするものである。ささやかではあるが、厳密なマイナーな論理というものが存在する。この点をさらに詳らかにせねばならないとすれば、そのために、言語、とりわけ隠喩(メタファー)・イメージ・形象の問題に、つまりはベルクソンの「文体(エクリチュール)」という決定的な問題に取り組まねばならないことは今や明らかである。
(「序論より」)

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ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた ー人生の欠片、音と食のレシピー 3月 13日, 2021 仲野麻紀

ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた――人生の欠片、音と食のレシピ〈18皿め〉

フランスへ発った年の4月。当時付き合っていたボーイフレンドの誕生日、そして最後のデートとなった場所は神楽坂。今でこそ賑やかな雰囲気だが、当時はまだひっそりとした空気感が漂っていた。
 
東京メトロ南北線が出来たばかりで、自宅から一本で行ける場所。水面を照らす春光まぶしいお堀沿いのカフェ。以前は東京日仏学院という名称だった、現アンスティチュ・フランセには渡仏前に何度も訪ね、併設した本屋Rive Gaucheでは仏和辞典を買った。よく通った思い出の場所だ。神楽坂上には赤城神社がある。ボーイフレンドの故郷の山を祀るこの地域の氏神。その後、赤城神社の境内にある神楽殿、地下ホールで何度か演奏をすることになったのも何かの縁だろうか。

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憲法学の散歩道 2月 25日, 2021 長谷部恭男

憲法学の散歩道
第17回 アレクサンドル・コジェーヴ──承認を目指す闘争の終着点

 1932年にパリで出会って以降、レオ・シュトラウスとアレクサンドル・コジェーヴは、生涯にわたって対話を続けた。
 アレクサンドル・コジェーヴは、1902年5月11日、モスクワの裕福なブルジョワの家庭に生まれた。彼は1920年、革命の勃発したロシアを逃れ、カール・ヤスパースの下で博士論文を執筆する。
 1926年末、彼はパリに移って研究を続け、1933年から39年まで、高等研究院でヘーゲルの『精神現象学』に関する講義を行った。この講義には、レイモン・アロン、ジョルジュ・バタイユ、アンドレ・ブルトン、モーリス・メルロー・ポンティ、ジャック・ラカン等が出席した。……

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夢をかなえるための「アントレプレナーシップ」入門 2月 12日, 2021 高橋徳行

夢をかなえるための『アントレプレナーシップ』入門
⑩ビジネスの世界だけではない

アントレプレナーシップ(起業活動)はビジネスの世界だけとは限りません。政治や行政などビジネス以外の世界でも「アントレプレナーシップ」は存在します。第8回で取り上げた「社会起業家」もビジネスの世界ではありませんでした。今回は政治・行政の世界での起業です。一体どのようなものでしょうか。その挑戦の過程をご覧ください。[編集部]

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