長谷部恭男

長谷部恭男

はせべ・やすお  早稲田大学法学学術院教授。1956年、広島生まれ。東京大学法学部卒業、東京大学教授等を経て、2014年より現職。専門は憲法学。主な著作に『権力への懐疑』(日本評論社、1991年)、『憲法学のフロンティア 岩波人文書セレクション』(岩波書店、2013年)、『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書、2004年)、『Interactive 憲法』(有斐閣、2006年)、『比較不能な価値の迷路 増補新装版』(東京大学出版会、2018年)、『憲法 第7版』(新世社、2018年)、『法とは何か 増補新版』(河出書房新社、2015年)、『憲法学の虫眼鏡』(羽鳥書店、2019年)ほか、共著編著多数。

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憲法学の散歩道
第10回 若きジョン・メイナード・ケインズの闘争

憲法学の散歩道 8月 03日. 2020

 1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子、フランツ・フェルディナントは、6年前に同帝国に併合されたボスニアのサラエヴォで暗殺された。
 彼の暗殺を企て実行に移したセルビア人たちはすべて10代で、腕利きの暗殺者ではなかった。1人が投げた爆弾は皇太子の車のトランクで跳ね返って後続の車両を破壊した。フェルディナントはしかし、視察を継続すると言い張る。彼の車両のチェコ人の運転手はサラエヴォの街並みに不慣れで、道を間違えた。戻ろうとして運転手が車両を止めたのは、ちょうどテロリストの1人の面前であった。彼は皇太子を射殺し、夫人に重傷を負わせた。……

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憲法学の散歩道
第9回 「どちらでもよいこと」に関するトマジウスの闘争

憲法学の散歩道 7月 09日. 2020

 啓蒙思想家として知られるクリスティアン・トマジウスは1655年、ザクセン公国のライプチヒに生まれた。父のヤーコプ(1622-84)は、ライプチヒ大学の哲学教授であった。クリスティアンは、1669年、同大学に入学し、1672年に修士号を取得する。
 1672年は、ザムエル・プーフェンドルフの『自然法と万民法De jure naturae et gentium』が刊行された年でもある。クリスティアンは後に、プーフェンドルフの自然法に関する著作と父親のグロティウスに関する講義とを、彼を法学の研究へと向かわせた主な要因として挙げている。……

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憲法学の散歩道
第8回 『ペスト』について

憲法学の散歩道 6月 24日. 2020

 ハーバード大学の法学者、チャールズ・フリードに、プライバシーに関する論文がある。自己情報をコントロールする権利がなぜ大切かを述べたものである。
 しまっておきたい記憶、隠したい病歴、密かに奉ずる信条。これらの中には、墓場まで持って行くものもあるだろうが、限られた人には打ち明けるものもある。信条であれば同志や聖職者に、深刻な病気であればかかりつけの医師に、大切な記憶は心を許す友に。……

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憲法学の散歩道
第7回 自然法と呼ばれるものについて

憲法学の散歩道 5月 19日. 2020

 A. P. ダントレーヴは1902年、ヘクトール・パセリン・ダントレーヴ伯爵の四男として、スイス、フランスとの国境に近いピエモンテ州のアオスタに生まれた。トリノ大学で法学を修めた後、ロックフェラー財団の支援を得てオクスフォードのベルリオール・コレッジで学んだ。彼がオクスフォードで研究対象としたのは、神学者リチャード・フッカーである。1929年、イタリアに帰ったダントレーヴはトリノ大学の講師となり、メッシーナ、パヴィアでの教歴を経て、1938年にはトリノ大学教授となる。しかし、彼は教職を退き、故郷に帰ってレジスタンス運動に身を投じた。解放後の短期間、彼はアオスタの市長を務めている。……

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憲法学の散歩道
第6回 二重効果理論の末裔

憲法学の散歩道 4月 21日. 2020

 日本の最高裁の得意技の一つに、付随的制約の法理がある。表現の自由を典型とする精神的自由は、内容に基づいて制約される場合には、その正当化の成否は厳格審査に服するというのが、標準的な考え方である。表現内容に着目した制約は、背後に特定の思想を抑圧しようなどといった不当な動機が隠されている蓋然性が高いし、内容中立的な制約に比べて多様な情報の公正な流通を歪めるリスクも高いからである。
 しかし、……

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