掌の美術論 第16回 おもちゃのユートピア——その理論と実践の系譜(前編)

About the Author: 松井裕美

まつい・ひろみ  東京大学大学院総合文化研究科准教授。博士(美術史)。専攻は、フランスを中心とする近現代美術。著書に『キュビスム芸術史:20世紀西洋美術と新しい<現実>』(名古屋大学出版会、2019年)、翻訳にデイヴィッド・コッティントン『現代アート入門』(名古屋大学出版会、2020年)など。
Published On: 2024/5/30By

 
『掌の美術論――触覚と想像力に』、2026年7月2日発売です。みなさま、どうぞお手にとってください。[編集部]
 
 

おもちゃのユートピア——その理論と実践の系譜(前編)

 
 
ユートピアの作り方
 
 あなたがユートピアの設計者なら、何から作り始めるだろうか。老いも死も苦痛もない世界の構想。貧困も差別もないシステムの構築。労働すら娯楽の一部であるような安らかで楽しい毎日。それに加えて胸踊るようなドラマだって用意されている。大いに結構だ。
 
 だがあなたが設計者であるからには、図面を引かなければならない。土地の区画が決まったら、耐久性のある素材で建築物を築く。心安らぐ、あるいは胸踊る景色を生み出すために、本物の木と花を植える。ワクワクするような岩山は、安全面を考えれば人工的な素材で作るのが一番だが、見た目は本格的にしよう。岩山を険しく見せたいけれど、実際に鋭い角のあるものを使えば危険だ。子供が登ろうとして、いつその柔らかい掌や膝を擦りむいてしまうかもしれない。だから代わりに古くから絵画に用いられている陰影法を用いて、ちょっとした目騙しトロンプ・ルイユ的要素を、岩山を模した塊に入れてやれば良い。喉が渇いたらいつでも潤せるよう、そこかしこに泉を作ろう。けれど衛生面を考えれば、泉はやはり人工的なものに限る。なんなら、注文があればすぐまっさらなコップに飲み物を入れて出すようなスタンドにしてしまおう。それから、安全性や衛生、食事などのサプライを維持するような労働も、ある程度必要になる。
 
 そうするとユートピアは、だんだんと現実の世界に似てくる。しかしそれは現実の世界そのものであってはならない。現実とはいつでも危険で偶発的で不衛生で不幸で不都合な何かを孕んでいるからだ。現実的な問題を持ち込まないようにするためには、現実の世界の模造シミュラークルにとどまる必要がある。かくして、私たちがよく知っているディズニーランドが出来上がる。
 
 フランスの文化史学者ルイ・マランは、1970年代にフロリダのディズニーランドを訪れ、彼が「退廃のユートピア」と呼ぶこの場のうちに、さまざまな記号により構成された現実世界の偽装された姿シミュレーションを見た。一方には本物の自然や機材と、対価によって商品を手に入れる資本主義経済があり、他方には紛い物の自然世界や機械文明と、入り口で手に入れることができる偽物の紙幣(当時ディズニーランドで使用されていた、園内でしか使用できない通貨)がある。マランはまたそこに、現実社会のシミュレーションも見出した。一方には古き良き世界への憧れ(フロンティアランド)があり、他方にはいまだ見ぬ世界への憧れがある。後者はマランによれば、未開拓の自然(アドベンチャーランド)と科学技術により可能にされる未来(トゥモローランド)という、ベクトルの異なるエリアとして、ディズニーランドでは体現されている。そして「アメリカ大通り」の行き着く先として、それらすべてをまとめつつ、まさにそれら複数のエリアへと人々を送り出す役割を担うのが、シンデレラ城のあるファンタジーランドなのである*1
 

 マランがこのユートピアを「退廃」と言うのは、それが第一に、現実によく似た紛い物の世界で繰り広げられる儀礼の内部に訪問者たちを取り入れるからだ。そこでは、帝国主義や資本主義といった現実のイデオロギーが、諸々のイメージを生み出す発生器として機能している。だが第二に、この「退廃」したユートピアは、彼らに現実の世界が抱える問題を忘れさせる。それだけではない。このユートピアは、現実世界を構造的に支える諸々のイデオロギーを肯定するよう仕向ける装置となっている。ディズニーランドの訪問者は、それぞれが舞台に上がる演者になるのであり、ユートピアの住人の一人としてその生活を楽しむ役を演じ続けるために、物語の筋書きをその身のうちに引き受けている。
 ↓ ↓ ↓
 
つづきは、単行本『掌の美術論』でごらんください。

 
身体を通して、世界に触れ、世界と戯れ、世界を模倣し、そして世界とずれていく。そのずれの中にこそ、芸術の可能性は宿っている。
 
2026年7月2日発売
松井裕美 著『掌の美術論――触覚と想像力に』

 
四六判上製・352頁 本体価格4000円(税込4400円)
ISBN:978-4-326-85207-9 →[書誌情報]
【内容紹介】遊びが手触りや感覚を頼りに新たなゲームや楽しさを創造し、ときに新しい認識や価値を開いていくように、触覚を軸にした鑑賞の方法を提示する。触覚に関わる美術史を整理したうえでフェミニズムや歴史・記憶と芸術作品の関係など、現代的な問題意識を織り込んだ作品解説を通し、触覚と想像力が拓く遊戯場としての美術史を紡ぎだす。

 
》》》バックナンバー 《一覧》
第1回 緒言
第2回 自己言及的な手
第3回 自由な手
第4回 機械的な手と建設者の手
第5回 時代の眼と美術史家の手――美術史家における触覚の系譜(前編)
第6回 時代の眼と美術史家の手――美術史家における触覚の系譜(後編)
第7回 リーグルの美術論における対象との距離と触覚的平面
第8回 美術史におけるさまざまな触覚論と、ドゥルーズによるその創造的受容(前編)
第9回 美術史におけるさまざまな触覚論と、ドゥルーズによるその創造的受容(後編)
第10回 クールベの絵に触れる――グリーンバーグとフリードの手を媒介して
第11回 セザンヌの絵に触れる――ロバート・モリスを介して(前編)
第12回 セザンヌの絵に触れる――ロバート・モリスを介して(後編)
第13回 握れなかった手
第14回 嘘から懐疑へ――絵画術と化粧術のあわい
第15回 キュビスムの楽器の奏でかた、キュビスムの葡萄の味わいかた

About the Author: 松井裕美

まつい・ひろみ  東京大学大学院総合文化研究科准教授。博士(美術史)。専攻は、フランスを中心とする近現代美術。著書に『キュビスム芸術史:20世紀西洋美術と新しい<現実>』(名古屋大学出版会、2019年)、翻訳にデイヴィッド・コッティントン『現代アート入門』(名古屋大学出版会、2020年)など。
Go to Top