掌の美術論 第18回
おもちゃのユートピア——その理論と実践の系譜(後編)

About the Author: 松井裕美

まつい・ひろみ  東京大学大学院総合文化研究科准教授。博士(美術史)。専攻は、フランスを中心とする近現代美術。著書に『キュビスム芸術史:20世紀西洋美術と新しい<現実>』(名古屋大学出版会、2019年)、翻訳にデイヴィッド・コッティントン『現代アート入門』(名古屋大学出版会、2020年)など。
Published On: 2024/7/25By

 
 

おもちゃのユートピア-その理論と実践の系譜(後編)

 
 
昔の玩具箱を開く――デ・キリコを介して
 
 芸術家の作品や著述を振り返ってみると、20世紀美術と聖性の関わりを示す例には事欠かない。ナビ派やスーラの理論、あるいはヒルマ・アフ・クリントやクプカの抽象画における神秘主義。カンディンスキーが描く黙示録。マレーヴィチの絶対主義絵画に秘められた東方キリスト教の聖画像の記憶。モーリス・ドニが推進した「聖なる芸術」運動。第一次世界大戦で荒廃した大地を出発点としながら、ウィリアム・ブレイクの描く天地創造のイメージを介して1920年代に聖書の創世記を版画化し、30年代には線と球体の構築物で支配された月面旅行の場面を描いたポール・ナッシュ。第一次世界大戦を契機にキリスト教信仰に目覚め、第二次世界大戦後には教会装飾も手がけたキュビスムの画家アルベール・グレーズ。自然と人間との秘義的な融合を思い描いたシュルレアリスムの画家アンドレ・マッソン。カトリックの聖変化の儀礼や薔薇十字団の教えを、自らが開発したクライン・ブルーの顔料を用いてパロディー化したイヴ・タンギー。原始的な祝祭や儀礼を思わせる過激なパフォーマンスを展開し女性の身体性について問うたシンディ・シャーマン。以上はすべてこれまで論じられてきたことであるし、そのうちのいくつかについては私のこれまでの論考の中でも紹介してきたことなので、ここでは詳しく触れまい。実際このテーマに関わる作家は無尽蔵におり、その名をリスト化しようとしても終わりはなく、美術史研究が進めばリストはますます長大になるだろう。
 
 だが芸術と聖性との関係に、玩具が関わってくるとなると、幼児の純粋さも聖なるものの真正性も虚ろな幻影であるとみなすシニシズムに根差したポップ・アート以降の芸術家でない限り、途端に事例は限定されたものとなってくる。理由は単純だ。「聖なるもの」として作品を制作する芸術家は、儀礼に必要とされる危機迫る真剣さや出来事の真正性を台無しにするような不真面目な遊びを介入させたがらず、またあえて玩具を意識した芸術作品を制作する芸術家は、宗教的な儀礼が持つ堅苦しさや教条主義など端から退ける傾向にあるからだ。
 
 それでも20世紀西洋美術において、芸術と聖性のあわいにある玩具を作品のテーマに掲げる試みは存在する。その最初の例の一つは、ニューヨーク近代美術館にあるデ・キリコの《王の悪霊》(1914-15年)である。背景には建築物があり、その手前には急な傾斜の台がある。台上にはさまざまな形の、色とりどりの事物がある。中央には大きな赤い壁があり、光を遮っている。場所がどこなのかも、道具にも玩具にも見える物が何かもわからない。すべてが謎めいている。あらゆる図像学的解釈を確信犯的にはねつけるかのような絵だ。そのタイトルもこの絵についてまったく説明しないどころか、謎めいた不穏な緊張感を高めるだけだ。ときには守護神や創造的な閃きを与える悪霊=ゲニウスに取り憑かれた王の姿は、ここにはない。そして王の不在がより一層、精霊ゲニウスという、幽霊のように目に見えない不気味な存在を意識させることになる。
 
 この作品の誕生を告げるかのように、デ・キリコはパリ滞在中に次のようなメモを残している。

一般には取るに足らないと考えられている事物の謎を理解すること。ある種の感情現象や、ある人の性格の謎を知覚し、私たちがあらゆる角度から探るとても奇妙な事物、そうした過去の事物を創造する天性(=精霊ゲニウス)を思い浮かべるところまで到達すること。まるで、姿を変える興味深い多彩色の玩具で満たされた不思議で巨大な博物館に棲まうかのように、世界のうちに生きること。私たちはときどき、まるで幼い子供のように、この玩具を壊して中がどうなっているのか見ようとし、結果中身が空であることに気づいてがっかりするのだ*1

 長尾天は、デ・キリコの著述を思想的な系譜の中に位置づけたその著書『ジョルジュ・デ・キリコ 神の死、形而上絵画、シュルレアリスム』の中で、この手稿の最後の部分が「世界の背後には何もない、物自体など存在しないというニーチェ的世界の比喩*2」となっているのだと述べた。ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』は、デ・キリコにとって、イデアの不在や「生の無意味」を認識させるものだったのだという。世界そのものの実在ではなく、人間がどのように世界を捉えているかを問題にしたのが、デ・キリコの形而上絵画であった。
 
 さてここでは、この文章の思想的位置づけよりもむしろ、画家の文章と彼が描く絵との差異に目を向けてみよう。《王の悪霊》においては、描かれた玩具はまだ壊されていない。すなわち、まだ幼子を魅了するその神秘を失ってはいない。鮮やかな色で塗られ抽象的な形態に単純化された物そのものは虚構じみているのに、中身が空なのかどうかは、私たちにはまだ明かされていないのであり、そのどちらつかずの不安定さがこの作品の不気味さを高めている。
 
 アラ・メルジャンは、その著書『ジョルジュ・デ・キリコと形而上的都市 ニーチェ、モダニズム、パリ』の中の一章をこの絵についての解説に割き、この絵に宿る聖性の図像的起源について考察している。例えば画面左手前の玩具は、メソポタミアに起源を持ち、エトルリアへともたらされた古代の占いの道具である「ピアチェンツァの肝臓」(図1)から着想を得ていることが、著者により指摘されている。表面に様々なダイアグラムや記号が刻まれたこの立体物を用いて行われる占いは、臓トと呼ばれ、動物の内臓や天候といった自然現象から様々な予兆を読み取る儀礼であった。この占いの儀礼において、「字義通りの小宇宙である占い師の彫刻は、形而上学的な宇宙に物質的=肉体的なコードを与えた」のだと、メルジャンは指摘している。

図1「ピアチェンツァの肝臓」。ファルネーゼ宮殿博物館。

 
 だがキリコの描く玩具は、実際には儀礼に用いられた聖なる道具をそのモデルにしているのだとしても、多彩色に彩られているがゆえに祭具の霊厳をたたえてはいないし、具体的なモデルを想起させるほどには再現的ではなく単純化されている。ここでは何らかの祭具のイメージを喚起しながらも特定の祭具との同一化を拒むズレ、儀礼を想起させながら儀礼への回帰を拒む差異が、非常に重要なのである。この差異があるからこそ、この絵を見る者のほとんどは、もしも子供がこの玩具を壊して中身を見てしまったなら、空虚なその本質を晒すだけだろう、と、直観的に判断するに違いない。そして虚な中身を示す行為のまさにその最中に、遊び手の想像界の中でこそ存在していたユートピアは失われるだろう、と推測するに違いない。だからこの絵を前にする者は、玩具がもはや聖性を宿していない可能性を直観的に感じながら、同時に、玩具が壊されず永遠に神秘を保ち続けることを、願ってしまう。
 
 そう、キリコの絵に描かれているのは、聖なる儀礼と子供の遊戯との重なりだけではない。純粋な形式だけに還元されてしまう危機を常に孕みつつ、悪霊の不可視の存在を想起させる聖性をギリギリのところで保ち続けるような物体の不安定性なのである。描かれた物体は、玩具である、つまり聖性に欠けた模造品であるというその性質を晒しながらも、抽象的な形態を単なる形式に還元してしまうことに抗っているのだ。アガンベンであればこのような性質を持つキリコの玩具を「『不安定な』指示記号」と呼ぶことだろう。
 
 しかもキリコの絵においては、かたちに意味を与えるような遊び手としての人間の存在は重要ではない。むしろかたちに意味を与える主体の不在こそが強調される。それゆえこの絵のうちに、人間が絶滅した砂漠のようなディストピアを認める人もいるだろう。ただそれは人間の視点に立った場合のことだ。デ・キリコは、先史の世界を紹介する科学者ルイ・フィギエの著書『大洪水前の地球』(1863)を飾るエドゥアール・リウの挿絵(図2)を見て、「しばしば、その形而上学的側面があるのに人間は不在である、という奇妙な現象について考えていた*3」という。彼は人間の脳内でこそ構築される形而上学的な世界に関心を寄せながら、他方では矛盾したことに、思考する者なき形而上学的世界、遊び人なき遊戯場に惹かれてもいたのである。

図2 エドゥアール・リウ《ペルム紀の理想風景》。ルイ・フィギエ『大洪水前の地球』(1863)挿絵。

 
 そのことを踏まえてみると、《王の悪霊》に描かれる玩具の世界は、主人を失ってなお儀礼と遊戯の歴史性を内包しながら玩具が生きながらえることができるような、デ・キリコにとってのある種のユートピアだったということができるだろう。このユートピアは、そこを再び遊び場にしようとする鑑賞者にとっては、解放感のある気晴らしを得るには程遠く、不安がつきものの場だ。なぜなら玩具が保存する歴史性は、遊び手がいなくなってもなお幽霊のように玩具に取り憑く悪霊のようなものであるからだ。私たちはこの玩具のモデルが何なのか、それがどのような儀礼のためのものだったのか、一般的な鑑賞体験の中では正確に知ることはできない。幽霊はその生前の姿をはっきりとは示すことなく、ただその不気味な残滓としてのみ現れる。
 
 とっくの昔にその効力を失ってしまったと思って安心して「昔の玩具箱」に近づいた人を、儀礼と遊戯のあいだ、真正性と模造のあいだ、超人間的時間(ポストヒューマン的な時間をも含む)と人間的な時間のあいだで宙吊りにし予期せぬ不安に陥れる、そのような絵こそ、デ・キリコが追求した玩具のユートピアだったのである。
 
墓穴を開く――ジャコメッティを介して
 
 デ・キリコよりもひと世代若い彫刻家ジャコメッティもまた、儀礼という亡霊を宿した遊技場を、1930年代初頭のゲームボードのような彫刻で展開している。
 
 彼が垂直性に抗うようなゲームボード型の作品を制作し始めたのは、《サーキット》(1931-32)だった。水平性を追求したこの作品は、溝のつけられた木製ボードと、木製の球体で構成されている。球体が定められた軌道をぐるぐると回り続けるだけの、終わりなきゲームは、孤独な遊び手の存在を想起させる。球体を設置する穴と軌道との乖離は、繋がることなき二つの身体の象徴のようでもある。
 
 同じ時期には、ボードゲームの遊戯性に、宗教的な儀礼性が感じられる作品も制作された。《広場のための構想》(1931-32)や《横たわった頭部の風景》(1932)では、「ピアチェンツァの肝臓」を思わせる隆起が、ボードに現れる。美術批評家ロザリンド・クラウスは、1983年のジャコメッティ論の中で、とりわけ後者の作品の、墓のような矩形の穴に注目し、古代の人々が埋葬された死者の都であるネクロポリスのイメージとの類似を指摘している*4。クラウスはさらに、この墓のイメージが《もう遊ばない》(1931-32)でも再び現れるのだとした。
 
 クラウス以降、ジャコメッティのこれらのボードゲーム彫刻に墓のイメージを重ね合わせる見解はしばしば繰り返されることになる。詩人イヴ・ボヌフォワは、1991年のジャコメッティ作品集において、《もう遊ばない》のうちに、初期ルネサンスの画家フラ・アンジェリコの《最後の審判》(図3)におけるうつろな墓の表現との類似性を指摘した*5。ジャコメッティがフィレンツェ滞在の際に見た可能性のあるこのフラ・アンジェリコの絵において、墓の蓋がすべて開いているのは、最後の審判を受けるべく死者たちが地上に復活したからだ。

図3 フラ・アンジェリコ《最後の審判(部分)》1425-30。サン・マルコ寺院

 
 ディディ=ユベルマンはクラウスとボヌフォワの指摘を受け、『ジャコメッティ キューブと顔』の中で次のように議論を展開している。《もう遊ばない》は、全体的に大理石の板を基調とする作品だが、この板の水平性は、墓から復活した人(チェスの駒のような簡略化された木製の人形)と、墓の穴という、二方向の垂直性を持ってもいる。この特殊なゲームボードは、あらゆる儀礼的規則から逃れるものでありながら、同時に、意味深な墓穴と人型の存在によって、意味の次元を排除する形式主義とも相容れない作品となっている。そこでは「ゲームの規則――あるいは儀礼性――」は、「伝達されることも、理解されることもなく、コンセンサスには全く不適合な場を創出し」、「集団信仰や神話を遠ざけ」ながら、「あらゆる種類の様式上の閉鎖性、近代主義に根ざす還元」を「遠ざけている*6」。
 
 ディディ=ユベルマンがここでジャコメッティの作品の解釈から退けようとしているのは、アルカイスムとモダニズムの双方である。ジャコメッティの作品は、宗教的儀礼性への反動的な回帰ではない。また、「私たちが見ているものは私たちが見ているものだ(What you see is what you see)」(フランク・ステラの1966年の言葉)とする、ミニマリズム的な同語反復でもない。そのことを主張するためにディディ=ユベルマンが引き合いに出すのが、フラ・アンジェリコの《最後の審判》において、暴かれた墓が彼に喚起させる感覚、すなわち「私たちが見ているものは私たちに関わるものだ(ce que nous voyons, ce qui nous regarde)」とする感覚である。フラ・アンジェリコが絵の中に描く暴かれた墓は、単なる空洞ではない。ディディ=ユベルマンは、その著書『私たちが見ているものは私たちに関わるものだ』の中で、私たちの肉体もやがてその可視化されたヴォリュームを失うのだという実感を、この絵が現在もなお自身に与え続けていることに言及している*7。同様にしてジャコメッティの作品は神話なき儀礼としての遊戯であっても、原点としての儀礼が宿していた聖性の残滓がとどまり続けるのだと、ディディ=ユベルマンは考える。ジャコメッティの作品は、特定の宗教儀礼とは完全に断ち切られたものでありながら、他方では死が私たちの肉体にも関わるものであること、いずれ私たちも朽ち果てるべき肉体を持っているのだということを突きつけるような力を潜在的に持つ、というのである。こうしてジャコメッティのゲームボードには、かつてフラ・アンジェリコの絵の中に描かれた空の墓に宿っていた聖性のかけらが、実体なき幽霊のように、取り憑いて離れないのだ。
 
 ただディディ=ユベルマンの綿密に構成された議論を踏まえても、《もう遊ばない(on ne joue plus)》というタイトルの意味は不可解なまま残される。「もはや〜しない(ne … plus)」という表現には、「かつては〜していた」という意味が含まれている。では、人一般を指すフランス語である「on」で表された、かつて遊んでいた人とは、一体誰なのだろうか。復活を果たした、かつての墓の住人だろうか。彼らは墓からの復活を遂げ、もはや儀礼は必要ない、必要なのは現実の生と向き合うことだ、と、生ける我々に告げているのだろうか。あるいは問題とされているのは、ジャコメッティが生み出した孤独なゲームボードの遊び手たち(当然のことながら作者であるジャコメッティも含まれる)なのだろうか。もう遊びはおしまいだと、彼は一緒に遊んできた仲間たちに告げているのだろうか。儀礼も終わり、遊戯も終わり、遊び手がいなくなったあとのゲームボードには、何が残るのか。あるいはジャコメッティは、ある種の遊びの一環として「もう遊ばない」と宣言し、そのことに反応する周囲の人々との掛け合いを期待しているのだろうか。
 
 唯一確かなのは、それがどのような遊びであれ、あるいは遊び手が誰であれ、遊びが終了したあとに残るのは玩具だけであるということであり、タイトルはその点を強調しているのである。ただそこには必ずしも、楽しい時間の儚さを嘆く悲観主義だけがあるわけではない。玩具そのものに宿る潜在的な力を信じるような楽観主義をそこに認めることも可能である。実際ジャコメッティが翌年に手がけた作品《テーブル》では、遊び手なきあとも遊びが継続される可能性が示唆されている。そこではテーブルに乗せられた占い師の女性石膏像の手前に、多面体とコマが置かれている。彼女の手は、正気に欠けた頭部像と切り離され、もはや多面体で占うことも、コマで遊ぶこともない。驚きに目を見開き、うっすらと開かれた彼女の口からは、意味のある言葉は何も聞き取れない。だが二つの薄い唇が生み出す空虚な空間には、あたかも墓に宿る幽霊のように、言霊が宿っているのではないかと思わせるものがある。私たちは耳を凝らして、彼女の囁き声(ないしは叫び声かもしれない)を聞き取ろうとする。
 
 こうして、鑑賞者の眼差しを吸い込むようなゲームボードの墓穴は、今度は占い師の女性の口元へと移されることになる。彼女が発する言葉や叫びが何であれ、それは私たちには明確な意味をなさないが、それでも謎めいたこの神秘を前にして、私たちは目を離せなくなり、耳をそばだてるのである。儀礼と遊戯が終わってもなお、ジャコメッティの彫刻は、その根源に潜む亡霊との神秘的な掛け合いを、見る者に促しているのだ。
 

 
 デ・キリコやジャコメッティがひとたび開いた昔の玩具箱の蓋は、やがて芸術家たち自身によってふたたび閉じられることになる。デ・キリコは玩具のような家具や人間、馬などをその後も描き続けるものの、呪物じみた玩具を描いていたのは一時期のことであるし、ジャコメッティは《テーブル》以降は、ゲームボードで遊ぶことを本当にやめてしまい、垂直方向に細長く伸びる人体像を制作し始める。だが彼らが模索した遊びの可能性は、ダダやシュルレアリスム、ポップ・アートといった20世紀芸術の前衛的領野における遊び人たちの身振りのうちに、部分的に継承されていくことになる。そのことはデイヴィッド・ホプキンスの近著『ダーク・トイズ シュルレアリスムと幼年時代の文化』において詳しく論じられているのでここでは触れない*8。いずれにせよ玩具箱は、「遊びの現実」を視覚芸術の領野において拓きながら、その中に眠る聖性のかけらを介して、現実の生と死に触れることを可能にしていたのである。
 
 最後に、現実世界と「遊びの現実」との区別がどこまで厳密になされうるのかについては、議論の余地がある点にも触れておきたい。ピカソが提供する貧しき者の玩具の中にも、「遊びの現実」にとどまるものもあれば、生物の死骸を素材として用いるものもあったこと(記事前編を参照のこと)を思い起こしてみよう。遊びの中に現実の生と死が浸透するとき、そこで引き起こされるある種の汚染は、単に本物の遊びを偽の遊びに変えるだけなのか、あるいは遊びそのものの本質を変えるのだろうか。ピカソはこの問いの只中に自分の芸術をおき、既存の規則を壊しては見る者にそれを作り直すことを求め、本物と偽物の境界線に懐疑の目を向けつつ、この境界線を創造行為の中で引き直す無限の努力を自らに課した。
 
 現実世界と遊びの世界とのあいだの境界線への問いは、遊びの技術が殺害にも応用可能なものとして発達した現在、別の重要性を帯びつつある。VRによる兵士の訓練やドローンによる攻撃が可能になった今、戦争ゲームと戦時に行われる実際の殺戮の危険な交差について再考察が迫られているのである。だからといってあらゆる遊びに罪を着せ、「もう遊ばない」と宣言することは、何の解決にもならない。聖なるものが重要な位置を占めていた近代化以前の過去を懐かしんで振り返り、昔の戦争を「文化的なもの」として無条件に崇拝することにも、救いはない。むしろ遊戯と戦争の臨界地点に焦点を置くことで、遊び手を実際の殺戮へと駆り立てる悪夢のような戦場に対抗するような、イメージとの戯れの新たなる試みに賭けるメディア・アートの作家たちが、とりわけ2000年以降に登場していることは、私たちに与えられた希望の光の一つであると言えるのではないだろうか*9
 
 遊びを商業的・軍事的領野に吸収しようとする諸勢力に対抗するために、ある遊びを別の遊びへとずらしていくこと。そのことで、資本主義や軍事主義という個人の手に負えない不条理な現実と「遊びの現実」とを引き剥がし、両者のあいだの癒着を解消すること。「遊びの現実」を再び私たち個々人の遊び手のうちに取り戻すこと。純粋さや無邪気さの仮面を被る「遊びの現実」が潜在的に持ち得る残酷さを暴き出す行為すら、遊びの行為のうちに含み入れてしまうこと。ピカソやデ・キリコ、デュシャンやジャコメッティ、ダダやシュルレアリスム以来、芸術の領野の一部において続けられてきたこの遊戯は、今なお、自由をその手に取り戻そうとする人々の芸術的実践にひそやかに継承されている。この遊戯は、一方ではその都度、新たなるゲームの規則と身振りとを生みながら、他方では私たちが想像もできないような遠い過去の振る舞いと現在の振る舞いとを、必ずしもそれと意識させることなく結びつけている。
 
 あるいは次のように言っても良いのかもしれない。すなわち、芸術家たちがその実践を通して立ち上げる「遊びの現実」というユートピアは、現実世界においては実現しないというその条件の中でこそ、過去の人々の振る舞いが幽霊のように姿を潜めるための玩具箱たり得ているのだ、と。この玩具箱は、現実の私たちに何の影響力も持たないわけではない。そこに潜む幽霊は、自分にぴったりの遊び手さえ見つければ、正体不明のその姿をおぼろげに現すに違いないのだから。
 
 

*1 Ara H. Merjian, Giorgio de Chirico and the Metaphysical City: Nietzsche, Modernism, Paris, New Haven and London, Yale University Press, 2014, p. 173.
*2 長尾天『ジョルジュ・デ・キリコ 神の死、形而上絵画、シュルレアリスム』水声社、2020年、118頁。
*3 Merjian, Giorgio de Chirico and the Metaphysical City, p. 198.
*4 Rosalind Krauss, The Originality of Avant-Garde and Other Modernist Myth, Cambridge (Massachusetts), The MIT Press, 1985, p. 75.
*5 Yves Bonnefoy, Alberto Giacometti : biographie d’une œuvre, Paris, Flammarion, 1991, p. 196(イヴ・ボヌフォワ『ジャコメッティ作品集 彫刻・絵画・オブジェ・デッサン・石版画』清水茂訳、リブロポート、1993年、222頁).
*6 ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『ジャコメッティ キューブと顔』石井直志訳、PARCO出版、1995年、235-236頁。
*7 Georges Didi-Huberman, Ce que nous voyons, ce qui nous regarde, Paris, Les Editions de Minuit, 1992, p. 25.
*8 David Hopkins, Dark Toys: Surrealism and the Culture of Childhood, New Haven and London, Yale University Press, 2021.
*9 Ralf Beil & Antje Ehmann, Serious Games, War / Media / Art, Darmstadt, Mathildenhöhe; Hatje Cantz, 2011.

 
 
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第1回 緒言
第2回 自己言及的な手
第3回 自由な手
第4回 機械的な手と建設者の手
第5回 時代の眼と美術史家の手――美術史家における触覚の系譜(前編)
第6回 時代の眼と美術史家の手――美術史家における触覚の系譜(後編)
第7回 リーグルの美術論における対象との距離と触覚的平面
第8回 美術史におけるさまざまな触覚論と、ドゥルーズによるその創造的受容(前編)
第9回 美術史におけるさまざまな触覚論と、ドゥルーズによるその創造的受容(後編)
第10回 クールベの絵に触れる――グリーンバーグとフリードの手を媒介して
第11回 セザンヌの絵に触れる――ロバート・モリスを介して(前編)
第12回 セザンヌの絵に触れる――ロバート・モリスを介して(後編)
第13回 握れなかった手
第14回 嘘から懐疑へ――絵画術と化粧術のあわい
第15回 キュビスムの楽器の奏でかた、キュビスムの葡萄の味わいかた
第16回 おもちゃのユートピア——その理論と実践の系譜(前編)
第17回 おもちゃのユートピア——その理論と実践の系譜(中編)

About the Author: 松井裕美

まつい・ひろみ  東京大学大学院総合文化研究科准教授。博士(美術史)。専攻は、フランスを中心とする近現代美術。著書に『キュビスム芸術史:20世紀西洋美術と新しい<現実>』(名古屋大学出版会、2019年)、翻訳にデイヴィッド・コッティントン『現代アート入門』(名古屋大学出版会、2020年)など。
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